「精神障がい者は、今の社会を新しく変えて行く存在である!」          

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運営者の日々是出会

<人・モノ・情報の出会いによって活動を展開>
2024/04/03
47NEWSに共同通信・市川亨氏の『「患者よりカネもうけ」ナースが見た訪問看護会社のあきれた実態 障害者を「食い物」に』という過激な言葉の記事が前回より具体的に不正に切り込んだ記事が掲載されたのでシェアと所見を記載する。
https://nordot.app/1124991162396066553

精神障がい者の地域生活での日常における色々なスキルを高める支援をすることが訪問による支援なのだが、訪問看護事業者によっては利益優先で不要なサービスを提供して報酬を増やすという営利目的で参入する事業所がある現実である。

訪問看護ステーションは医療法人以外でも運営でき、株式会社などによる開設が急増している中で、利益優先で公的な報酬を不正・過剰に受け取っている事業者もいるという。

背景には、精神疾患者が増えているほか、「入院から地域生活へ」という国の政策の流れがあり、自宅やグループホームで暮らす精神、知的障害者が増え、訪問看護のニーズの高まりに一部の事業者が乗じている形である。

また、訪問看護をするには医師の指示書が必要だが、看護師らによると、事業者が協力関係にある医師に都合の良い指示書の作成を依頼しているということである。

規制緩和によって福祉の世界に民間が参入することで、メリットもあればデメリットもあるのが市場経済の世の常であるが、不正を防ぐ対策を管轄する行政がしっかり監視と立入り調査及び摘発することで未然に防ぐことが求められていると思える。

このような不正が起きないようにするには、しっかり参入を管轄する行政機関が監視するか、参入業者がコンプライアンスを守り、自浄作用によって適正なケアを提供することが求められている。
また、利用者自身がそのような事業者を選ばないためには、今、自分に必要なケアを相談支援専門員など身近な専門職と話し合って決めて、その決めた条件をケアとしてサポートしてくれる訪問看護ステーションを選択することが必然と思えるし、自分らしく生きることを支えてもらえる伴走者としての訪問看護ステーションを選ぶべきと思える。

当事者が訪問看護ステーションに求める基本的要件として、
・スタッフが精神障がいを持つ患者やその家族の立場や感情に理解を示す。
・スタッフが患者や家族のニーズや懸念を理解し、それに適切に対応する。
・スタッフが患者や家族とのコミュニケーションが円滑であり、彼らの意見や懸念が尊重され、自己決定権を尊重する。
・スタッフが必要なサポートやリソースを提供することで、患者や家族が自立した生活を送ることを支援する。
・スタッフが他の関連する機関や専門職と協力し、連携を取ることができるかどうかも重要。

2024/03/01
先日「見えない障がいを、まなぼう~精神障がい~」という研修会があり、ゲストスピーカとして家族・支援者として話をする機会を得ました。

今回、主催が宮崎市ボランティア協会で共催がぼちぼちの会によって開催され、私自身の昨日の話を踏まえてふりかえったり気づいたことを記載したいと思います。

見えない障害ということで隠して生活するという選択も可能な現状である。

なぜ隠してまで生活をしなければならないかというと、そこには社会的な偏見(怖い・危険)があるので、親として自分の子供が怖い・危険な人物と思われたくないということから開示することを躊躇したり、当事者も自分がそのように思われたくないということから開示を躊躇する現状なのである。

では何故、病気の中で精神疾患だけそのような偏ったイメージを作り出されたのかというと、マスメディアなどの事件の報道で精神科通院・入院歴があるということが大きく記載されることで精神障がい者が起こした事件として公表されることで国民に知られることになり、精神障がい者=怖い・危険な人、というイメージが作られたのである。

このように一部の精神障がい者の起こした事件で全ての精神障がい者があたかも危険な人とラベルを張られることに憤りを感じるのである。

統計的に見れば、一般人と比して3分の1以下なのである。つまり精神障がい者の犯罪率が高いというのは社会全体が持つ間違った負のイメージに過ぎないと令和2年版障害者白書に記載されているのである。

また、犯罪行為に及んだ精神障がい者については、治療やサポートを受けていなかったり、あるいは中断した場合の方が多いことが指摘されている。

このように地域における医療・福祉の支援が徹底していれば、孤立して不安に駆られての過剰な自己防衛や自暴自棄にならずに生活できることが犯罪を抑止するのではないかと思えるし、それはなにも精神障がい者だけの問題でなく、一般の方が犯罪を起こさない対策として、孤立させないことが最大の予防策と思える。

偏見解消が精神障がい者にとっての最大の課題だと思える中で、どのように「怖い・危険」というイメージを払拭するか、という課題に対して、当事者との接触体験が重要であると言われ、実際そのような研修会をやると参加者から、私たちと変わらない、特別な人ではない、というコメントを記載されるように、直接触れたり、話したりすることで、先入観で抱いてたイメージとは違うことに気付いてもらうことになるので、そのような接触体験をする研修会が必要と思える。

また、当事者の方達も周りにオープンに障害を開示して話せる人がいて、小さな場所でもいいから仲間が集まる場所を確保することが大事で、その場を通じて地域へ徐々に理解者を広げていければよいのではないかと思える。

社会が右傾化してくることでヘイトスピーチや優性思想がまかり通るようになると当然世の中に必要か不必要かという効率重視の考えによって生産性のない人たちを排除や排斥するという歴史があるわけで、それに対して徹底抗戦できるように日々地道に理解者を増やしていくことが最善のミッションと思いながら、共生社会の実現を妄想しているのである。

追伸
今回の研修会の企画していただいた、坂本智子さん、山崎光代さんたち、他の障害の方の理解と積極的な姿勢で実施された事に感銘し感謝しています。

2024/02/01
静岡新聞に「精神障害の訪問看護 診療報酬 不正横行 一部事業者 過剰請求も」という記事が掲載されていたのでシェアしました。

精神障害者や知的障害者を対象にした訪問看護を巡り、一部の事業者が診療報酬の不正、過剰とみられる請求を日常的に行っていることが28日までに、複数の医師や看護師らへの取材で分かった

背景には、精神疾患を持つ人が増えているほか、「入院から地域生活へ」という国の政策の流れがある。自宅やグループホームで暮らす精神、知的障害者が増え、訪問看護のニーズの高まりに一部の事業者が乗じている形だ。

訪問看護をするには医師の指示書が必要だが、看護師らによると、事業者が協力関係にある医師に都合の良い指示書の作成を依頼しているということである。

精神障がい者にとって、地域で生活する上でとても必要されている訪問看護の地域支援である。利用者の日常生活における色々なスキルを高める支援をすることが訪問支援のメインだが、事業者によっては利益優先で不要なサービスを提供させて報酬を増やすという営利目的で参入する事業所があり、利用者がそのような事業所を如何に選ばないで、真摯に対応してくれる訪問看護ステーションを選択することが求められている。

どのような訪問看護ステーションを選択するか?
スタッフが精神障がいを持つ患者やその家族の立場や感情に理解を示すこと。患者や家族のニーズや懸念を理解し、それに適切に対応すること。患者や家族とのコミュニケーションが円滑であり、彼らの意見や懸念が尊重され、自己決定権を尊重すること。必要なサポートやリソースを提供することで、患者や家族が自立した生活を送ることを支援すること。スタッフが他の関連する機関や専門職と協力し、連携を取ることができるかどうかも重要、など

2024/01/25
新年明けましておめでとうございます!

2024年が皆様にとって成功と幸福に満ちた素晴らしい一年になることを心からお祈り申し上げます。

今年の辰年とは、「ふるう、ととのう」という意味があり、陽の気が動いて万物が振動するので、活力旺盛になって大きく成長し、形がととのう年だといわれているそうです。

また、たつ(竜、龍)は十二支の中で唯一空想上の生き物で、権力や隆盛の象徴であることから、出世や権力に大きく関わる年ともいわれているそうです。

今年の干支によれば、活動力が非常に盛んであり、勢いが盛んなことになるということなので、積極的にアクションを起こして挑戦することで、守旧や既成のパラダイムチェンジを現実化することを目指したい、と妄想する新年の朝でした。

2023/12/25
12月の多職種連携を考える会「語ルシストの会」の定例会に関する報告です。
今回の講師は、前畑和樹氏(みつばち診療所勤務、介護福祉士&准看護師)で「訪問診療について」というタイトルで話していただきました。

みつばち診療所のある施設「HALEたちばな」の説明があり、2021年に開設され、重度の障がいを持った子ども達や医療的なケアを必要としている子ども達、ガン末期の患者様たちに寄り添える施設として、診療所(医療)・訪問看護ステーション(医療・介護)・短期入所(障害福祉サービス)・日中一時支援(地域支援事業)・カフェ運営などの事業を展開している複合施設だそうです。

自己紹介として、介護福祉士&准看護師という専門職で訪問診療に2015年から携わっていて、2022年から現在の「みつばち診療所」に勤務される。
通院が困難な患者、病院ではなく最後までご自宅や施設で過ごしたいという患者など、年齢や疾患を問わず訪問診療を行い、患者や介護をされているご家族などに寄り添った医療を提供されているそうです。

みつばち診療所での訪問診療看護師についてのスキルなども話され、患者が自宅や施設で適切な医療ケアを受けられるようにサポートする役割を担っていて、医師の診療補助をはじめ、問診やバイタルチェック、点滴交換やカテーテルの交換、オムツ交換やベッドメイクなど診療に関わるあらゆることを看護師は介助し、患者様とそのご家族の心理的サポートも、訪問診療における看護師の重要な役割で、医師とのパイプ役として立ち回ったりすることが看護師には求められるそうです。

今までみつばち診療所としては通院困難な高齢者や障害児者の方達の訪問診療を実施していて、精神疾患者に対して実施していなかったけど、近頃、訪問診療が実施される環境を整えたということで、語ルシストの会の訪問看護ステーションや包括支援センターなどと連携して訪問診療支援を実施されているということでした。

精神疾患者の自宅での訪問診療として、患者の日常生活の中で診療やケアが提供され、看護師や医師が患者の自宅環境を理解し、個別のニーズに応じたケアを提供できて患者の尊厳を保ちつつ、自立した生活を支援でき、この環境でのケアにより、患者は自分の生活に責任を持ちながら、サポートを受けることができることが病院への通院診療と違うとこだと思えます。

地域在住の精神疾患者に対して、国の施策としては地域支援として医療・福祉のアウトリーチ支援を推進していますけど、精神科病院や診療所などが訪問診療を積極的に実施しているとこがないに等しく、医療者の守旧派的姿勢である、患者に病院に来てください、という姿勢の病院が多いのが現状ですが、高齢者に対しては訪問診療が主流になってきている中で、病院や施設ではなく自宅で診て頂きたいという患者における医療改革を求める声がある事に応えた訪問診療の在り方ですが、時代の変化に応じて変わっていくことが求められている中で、患者中心の医療か、精神科病院(診療所)中心の医療か、問われることでもあります。

今回、訪問診療看護師として仕事をされている前畑氏に話して頂き、患者が自宅などで適切な医療ケアを受け、患者が安定した生活を送る為に必要な医療的サポートを受けながら自立した日常生活を営めるよう支援することが看護師の役割ではないか、という言葉にみつばち診療所の訪問診療の姿勢に共感するとこです。

2023/09/21
多職種連携とスローガンがあっても現実は医療と福祉が別々に支援しているので包括的にその人に必要とされる支援が成り立たない現状であるし、既存の支援や前例に則した支援をやっているのが精神障がい者支援の医療・福祉の現実であり、他の障害者の世界では「自分たちのことは自分たちで決める」という自己決定権やストレングス(自分の強み)などを生かした支援を行うことが主流になっているなかで、真摯に現状の支援でよいのかと疑問を持つ支援者に巡り合い、宮崎にも新たな支援を模索する方達が存在するということで、地域での支援の在り方として、地域密着小規模他職種連携によって全人的に支えることを実践する支援を目指すことをコンセプトにした「語ルシストの会」を立ち上げることになりました。

精神科病院や大施設での管理的な支援に憤りを感じて小規模であれ自分たちの目指す一方的でなく伴走する支援を実践するために立ち上げた人たちが、同じ小規模同士が連携して、大手やフランチャイズの事業所に対峙するためには支援の差別化が必要で、既存や前例を打ち捨てて新たな伴走する支援を作り出すためには実践してフィードバックできる場や真剣に話し合う場があることが求められていると思えます。

ビジネスでも福祉でもアートでも、誰もがやっていることや既成のことをやっていては衰退するのは必然で、いつもイノベーションや自己改革をやり続ける意思を持って推進することによって支持されるのであって、永遠に螺旋状の円を描いていくことを同じ仲間や同志の方達と研鑽していくことが継続できる最大の方法だと思えるので、「語ルシストの会」のコンセプトである人と人とが親しく交流をしながら真摯に忌憚のない話し合いができる場がある事が大事であると思えます。

これから、この会自体が地域の中で支持される会になり社会貢献できる資源として提供できるように、各々の専門職のスキルアップなどの研修会や「8050問題」という地域の課題などに積極的に研修会を企画できたらと考えています。

また、多職種と同じように同業種の連携も小規模の事業者が生き残るうえで必然と考えますので、積極的に色々な課題を話し合って協働した取り組みが大事と思います。

今回このように振り返ることができたのも「語ルシストの会」を継続的に開催してこれたからこそで、立ち上げに貢献して頂いた立山裕也氏(ココロとカラダのリハビリステーションほのか代表)や「語ルシストの会」のネーミングを考案して頂いた前畑和樹氏(みつばち診療所勤務)など40代前後の専門職の方たちが参加し、刺激し合う仲間たちに出会えたからこそと感謝しています。

2023/09/13
先日、語ルシストの会のメンバーの懇親会があり、多くの方たちと居酒屋に集まるということを3年ぶりに行いました。

コロナ禍の3年間は対人との接触を避けるということで孤立する中、そのような状況でも色々と精神障がい者の支援に関してかふぇらてを訪ねて来られる方達がいたことで、去年の10月からコロナの感染状況が沈静化してきたのでインフォーマルな任意で集まる会として「語ルシストの会」と命名して月1回の例会を始め、今年の9月で1年を迎えることになりました。

カタルシスとは「心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、気持ちが浄化されること」を意味していて、心の中の澱(ストレスなど)を浄化する場として「語ルシストの会」があります。

そのような中、残暑も厳しい時期に夏バテを吹き飛ばす懇親会をしましょうということで、親睦を兼ねて交流を深めながら、より地域での連携の必要性を話題にして和気あいあい忌憚のない意見をお互い話し合うことができる懇親会になりました。

立山裕也氏(ココロとカラダのリハビリステーションほのか代表)も記載している通り「精神障がい支援での多職種連携=大事な事は皆さん重々理解されています!しかし、実際はスローガン(口で言うだけ)を掲げるだけで、実際に継続した行動を起こしている方に立山未だかつて出会っていません。
地域に出て感じた事は、既存の精神障がい支援(地域)はフォーマル支援が異常な程、縦割りです。」  

というように、多職種連携とスローガンがあっても現実は医療と福祉が別々に支援しているので包括的にその人に必要とされる支援が成り立たない現状であるし、既存の支援や前例に則した支援をやっているのが精神障がい者支援の医療・福祉の現実であり、他の障害者の世界では「自分たちのことは自分たちで決める」という自己決定権やストレングス(自分の強み)などを生かした支援を行うことが主流になっているなかで、真摯に現状の支援でよいのかと疑問を持つ支援者に巡り合い、宮崎にも新たな支援を模索する方達が存在するということで、地域での支援の在り方として、地域密着小規模他職種連携によって全人的に支えることを実践する支援を目指すことをコンセプトにした「語ルシストの会」を立ち上げることになりました。

2022/02/07
知り合いのピアサポーターからピアサポートに関する研修案内があったので、事業に関して所見を記載することにしました。

精神障がい者地域移行支援事業研修会の案内は、以下です。
https://www.facebook.com/groups/414367005331088/?ref=bookmarks

今回の研修会は、精神障がい者地域移行支援事業研修会であり、精神障がい者支援体制加算対象研修としても位置付けられているので、2日間の研修を受けると修了書が交付され、修了書があると体制加算対象事業所にピアサポーターとして雇用されるという流れを国としては推進することになる。

国は2010年にピアサポートの効果および必要性を認めて退院支援などの事業の中にピアサポーターによる支援を推進する方向で事業を組み立ててきたが、それを実現するには、民間の法人や施設がピアサポーターの必要性を認めて事業として実施することが求められている中で、活用に対して消極的なために遅々として進まない現状であった。

2018年から、国が「精神障がい者に対応した地域包括ケアシステム」の構築という施策の中で、「ピアサポートの活用にかかわる事業」という内容の事業があり、ピアサポーターを養成して活用することを推進する事業が予算化される。
2020年度より厚生労働省が創設した「障害者ピアサポート研修」(実施主体は都道府県および政令指定都市)が事業化され、2021年からピアサポーターに体制加算を付けて雇用を推進する方向になる。

宮崎県は、障害者ピアサポート研修を2020年は実施せず2021年の事業として今回初めて実施するのだが、国の事業としてある以上、行政の担当者が積極的に専門職や当事者に実施要項を説明して実施してもらうよう働きかけることが大事だし、地域の精神障がい者が安心して過ごすためには、お互いで支え合うピアサポート支援が必要不可欠な自立支援であることを理解して推進することが求められる。

以前から国はピアサポートによる効果を認めて、退院支援や地域移行において事業を予算化して組み立てているが、それを実施する行政担当や専門職や当事者の理解・改善する意欲の低さ及び連携のなさによって実現されなかったのが現実である。

そのような現状を踏まえれば、当事者自身が現状を改善するために関係者と連携して積極的に国の事業を活用し、ピアサポーターとして公に認められることを推進して、従来の専門職主導の支援からピアによる同じ立場の支援によって、より生き辛さを理解し、納得感が得られる効果のある支援を実現してほしいものである。

宮崎県としても率先して国の事業を活用し、行政・専門職・当事者が連携して、退院支援や地域生活においてピアサポーターの持っているストレングスを発揮して、仕事や地域でピアサポーターが生き生きと現状を改善していく姿勢を推進してもらいたいものである

2022/01/08
あけましておめでとうございます。
2022年もご支援・ご協力をお願いいたします。

日本弁護士連合会の人権擁護大会でのアンケート調査に、入院経験がある人の約8割が入院中に「悲しい・つらい・悔しい」などの体験をしたことや、約4割が「入院に納得できなかった」ことが明らかになったという。

自由記述欄には「孤独」「収容所のようだった」「一人の人間として扱われなかった」「飼育されているようだった」などの言葉が並んだという。
理不尽な行為がまかり通ていることに憤りを感じて、居ても立っても居られない気持ちを持ってしまうのは私一人だろうか。

現実は、誰もが精神疾患に罹患する可能性は高いし、いつ精神科病院に入院することになるか、もっと自分事として精神医療を考えないと明日は我が身が隔離されて理不尽な行為を受けるということになるかもしれない現状である。

精神科病院の閉鎖性を改革し理不尽な行為が起きないようにするか、弁護士連合会の「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして」のシンポの報告書が388ページに亘り記載されているとこに弁護士という立場からの改革案が医療と地域に対して提起されていることに精神障害の息子を持った家族として、また精神の支援者として心強く感じる次第である。

人として退院して、地域で自立した生活が成立するには家族だけの支援では再入院の繰り返しになるのでそれを避けるには、地域での支援として多職種の方達の連携による密着した支援が望ましいというのが定説なのですが、中々その支援が実現できない現実でもあるなか、弁護士連合会として明確に精神医療や地域生活まで幅広く包括的に報告書で提案されているとこに感心した次第である。

2021/12/04
ヤフーニュースに『精神科病院への強制入院は「飼育されているよう」 日弁連シンポでアンケート調査報告』という見出しで記載されているのをみて愕然とした次第である。

見出しの「飼育」という文字から連想するのは、1960年代に日本医師会会長の武見太郎氏が精神病院経営者を「牧畜業者」と呼んだことを思い出す。
1958年に医療法で一般病院とは違い精神科病院には特例として医師・看護師が少なくてよいという精神科特例を作り、医療金融公庫から低利で長期の融資制度を作って、国として多くの民間の精神科病院の設立を促進することになる

1960年あたりから先進国は入院から地域へという脱病院という政策を実施するが、日本は病床数が急激に増え入院者が増えるという先進国とは逆行した政策を行う。64年にライシャワー(駐日米国大使)事件が起き、犯人が精神障がい者であったことで新聞などが、危険人物を野放しにしないように、という記事がでることで、社会的に「危険・怖い」という偏見が助長され、入院による隔離が正当化されるという状況を生んでしまった現実がある。

前回も記載した、日本精神科病院協会の設立趣意書に治安の妨害者として精神障がい者を位置づけているとこに、今だに精神障がい者を隔離する事が善という医療者が存在しているのである。

それは回復させるではなく地域から隔離するという、人として最悪の人生を強いた歴史が、今でも存在するという現実である。

この入院という隔離に対して、10月に日本弁護士連合会の人権擁護大会(岡山市)が14日・15日に開催され、14日の第1分科会 「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割~」では、精神障害のある人の強制入院の問題点について、当事者や精神科医が意見を交わし、精神科病院に入院したことがある人から得られたアンケート調査の結果報告もあり15日には「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」が採択される。

・ヤフーニュース:精神科病院への強制入院は「飼育されているよう」 日弁連シンポでアンケート調査報告
https://news.yahoo.co.jp/.../bb3e309faedfb3c941a17f5d6fc5...
・「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして」シンポの報告書
https://www.nichibenren.or.jp/.../dai1_bunkakai...
・精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議文
https://www.nichibenren.or.jp/.../civ.../year/2021/2021.html
・大熊一夫氏「病院経営が一番、患者の人生は二番」でいいのか!
https://www.dinf.ne.jp/.../prdl/jsrd/norma/n396/n396004.html

2021/11/03
以前から息子の問題もあって精神医療、特に精神科病院の閉鎖性や人権問題について意見交換の機会を作ってきましたが、東洋経済オンラインに「精神医療を問う」という連載タイトルで14回の連載が記載されたので、精神障がい者自立支援ネットワーク宮崎で紹介した文章をちょっと改稿して記載しました。

記事のコンセプトは、精神科病院の現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している。本連載では日本の精神医療の抱える現実をレポートしていくという視点で取材された記事。
14回目の最終の記事は『「社会守る」精神病院で人権侵害が続発する大矛盾』ということで取材を通してまとめられた記事が記載されています

日精協は1949年の発足時、その設立趣意書で精神科病院を「常に平和と文化(と)の妨害者である精神障害者に対する文化的施設の一環」と表現している。つまり精神科病院への隔離収容は、精神病者に対する優生的処置の有効な方法というわけだ。
もし山崎会長(日本精神科病院協会)の発言にあった、社会秩序の維持と保安を精神科病院の役割として強調しすぎると、とうに放棄したであろうこの趣意書の思想へと、精神医療は先祖返りすることになりかねないのではないか。
と記事が記載されているがごとく、現会長は精神科病院が社会秩序を守ってやっている、保安を守るために隔離している、と精神障がい者=犯罪を起こす者=隔離という指向性のある方で、他にも問題発言をする意識の持ち主に、病院内における人権侵害を協会として問いただす自浄作用などない協会であるのは自明の理なのです。
患者の回復より隔離を目的に長期入院をよしとしている精神科病院もあり、国の施策である入院患者を地域に移行させる施策も遅々として進まない現実です。

日本精神科病院協会がコロナに関して全国の精神科病院にアンケート調査したことが新聞に「精神科入院の235人、コロナ重症化で死亡…別の病院に転院できず」という記事が掲載されましたが、転院を断る理由に施設の高齢者と同じで、手のかかる方を援助するだけのスキルとスタッフ不足もあると思いますが、精神障害者への偏見もあると思います。

その偏見や人権侵害に精神科病院協会自体が積極的に解消の為に研修したり改善した事例などを公に発信することもない現実に弁護士の方達が精神障がい者の病院内での人権侵害の問題を踏まえて入院に頼らない地域生活を推進するシンポジウムを開催されます。

10月14日に岡山県で日本弁護士連合会の人権擁護大会シンポジウム「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして」が開催されるに先だって、新潟県弁護士会は、同シンポのプレシンポを企画されています。
基調講演は、精神障害のある人の人権について造詣の深い池原毅和弁護士を講師に迎えて開催されます。

・東洋経済オンライン「精神医療を問う」
https://toyokeizai.net/articles/-/456826
・10月2日の新潟弁護士会のシンポジウム
https://niigata-bengo.or.jp/%e7%b2%be%e7%a5%9e%e9%9a%9c.../
・10月14日に日本弁護士連合会のシンポジウム
https://www.nichibenren.or.jp/event/year/2021/211014.html
・「精神科医にも拳銃持たせて」病院協会長が機関誌で引用
https://www.asahi.com/articles/ASL6Q5KH0L6QUCLV00Y.html

2021/05/13
映画「新聞記者」がラインアップされていたので早速見ることになり、今の時代を反映した映画であるとこに目を奪われてしまう。

中々、見ごたえのある映画であり、その要因としては、フィクションとノンフィクションの狭間を映画という特性を生かして描き切っているとこに映画独自のリアリティを感じることができる映画だと思える。

映画.comの特集に記載されている文章が実によく言い表している。
「忖度」や「自粛」といった及び腰な姿勢は一切なく、今この瞬間の日本社会の“ひずみ”に堂々とスポットを当て、新聞記者とエリート官僚が内外から巨大な政府に挑んでいく姿を、鋭い筆致で描き切っている。
生ぬるい映画に飽きている映画ファン、本物の“覚悟”を持った作品を求める者に、本作は力強く応えてくれるだろう。「こんな映画を待っていた」――エンドロール後、きっとそう思えるはずだ。

テレビドラマの「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」のシリーズも動画配信で観ることになり、2012年から2019年までに第6シリーズが放送される人気シリーズとして不動の地位を確保しているドラマらしいので配信されているのを全て見ているとこである。

主人公大門未知子の特徴は、「私、失敗しないので」と「致しません」というセリフが組織や権威の世界に息苦しさを感じている大勢の視聴者の共感を得ているからではないかと思える。

「私、失敗しないので」と度々言うのは「患者は一度失敗されたらその時点で終わり」という医師としての真摯な信念に裏打ちされた発言であると考えられる。

病院という権威の象徴である白い巨塔のヒエラルキーを容認する行為に対して「致しません」と拒否するとこに主人公の孤高の意志を貫いているスタンスに共感してしまう。

また、ドクターXのテーマソングによって主人公が手術室という荒涼とした現場に佇んで、孤高に戦っている姿を音楽でよりエモーショナルを強調していると思える。

在野で孤高な意思を現実に貫くことがどれほど厳しいか、考えさせられるけど、団塊世代がそろそろ最期をどう迎えるか考える時期が来ている中で、この世を息子や孫に引き渡せるだけの成熟した社会なのか、そうでなければ改革する意志を貫いて最期を迎えたいものである。

2021/04/05
地域活動支援センターあわいやの代表で「書」を生業としている生駒新一郎氏がFBに、「公募展をみると、技法が目に付き、そこに選別の基準があるように感じられてならない」という言葉に触発されたので思いを綴ってみた。

公募展において評価の基準という普遍的なものなどないので、一般的に評価される基準は、テクニックや構図やローカル色で選別評価するのが公募展の選考基準だと思える。

極端な話、審査員の好みの感性で選別されるのが現実なので、公募展でどうしても入選や入賞を目指すのであれば大学入試と同じで審査員の「傾向と対策」をしっかり調べて作品制作することをアマチュアとして公募展を生きがいにしている人には、進めたりしたものである。

ただ、作品を制作するということは、その人の個性や感性を発揮することが最優先なので、そのためには人の意思や一般的な評価に従うのではなく独自の美的感性を表出すことが求められるので、一面的な美ではなく多様な美が成り立つアートの世界であるべきと考える。

芸術家も孤独に耐えられず自分たちの表現を讃える仲間と徒党を組んで画壇や文壇というものを作り、その壇が色々な基準で評価することで党派性を強めピラミッドを形成して権威を生み出すという現実であり、人生においては学閥が幅を利かせているのと同じで、肩書やどこに所属しているかで評価されるのが日本の権威主義社会なのである。

大人になると社会で生きていくための色々な処世術が身についてくるけど、アートの世界は、ビーイング(being)ありのままの自分を表現することが評価されるべきだし、無名であれ個人的によいと思えば評価する姿勢が鑑賞者にも求められていると思える。

在野で自分を信じて孤高に制作しているアーティストがいるのも現実で、そのようなアーティストを評価するアートの世界であってほしいと思う次第である。

2021/02/10
2020年をふりかえると、1月に映画「ケアニン」&加藤忠相氏講演会を開催した時には、日本でコロナ感染者も出たばかりだったので開催が可能でしたが、2月あたりからイベントの開催が中止や延期という状況になって、色々と規制や自粛を求められる生活になってしまい、非常事態宣言まで発令されるという今までに経験したことのない日常生活を体験し、現在も感染拡大が収まらない中終息のためにそれぞれが感染予防に努めている状況です。

新型コロナ感染で誰もが軽症ですめば問題にならないのですが、高齢者及び基礎疾患を持っている人が感染した場合に重症化に至ることが最大の問題であると同時に、感染症である以上入院が必然ということなので病床を感染者で占有されることによって他の緊急を要する疾患に対する治療ができない状況になり、命の選別をするという今までに経験したことのない現実が身近に迫っている医療現場です。

如何に医療崩壊を回避できるか、専門家や医療関係者が提言して訴えているけど国の感染対策として具体的に医療支援などが実行されることなく感染拡大が続いている現実です。

高山義浩医師(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科)の発言として、『私たちの国は、リスクに対して自己管理ができる社会であってほしい。まあ、ギリギリのところに立ってますね。
社会における感染対策とは、「個々がリスクを理解したうえでの自己管理の重ね合わせ」であってほしいと思うのです。』

あくまでも個人で守るべき対策はしっかり守ってリスク回避しながら、国に鍵をかけられて隔離されることのない国であってほしいし、国もしっかり国民を守る感染対策を実行してほしいものです。

浜 矩子氏(同志社大学大学院教授 )の言葉
「政策の役割は弱い者に手を差し伸べることにある。支えがなければ生きることがままならない人々の暮らしを守る。そこに公助の意義がある。」

2020/12/05
Change.orgに統合失調症の息子を持った母親が「義務教育で精神疾患を教えて偏見を無くしてほしい」という内容のキャンペーンが掲載されています。

親として子供が精神疾患に罹患した時のことを思い出すとあまりにも疾患について知らなかったことが、症状を重症化させて入院という事になってしまい、その後の親子関係に影響するという現実です。

そのことで、日常生活の中で精神疾患について知るという事がない現実であることを痛感した次第です。

また、思春期に発症するのが、統合失調症などの精神疾患であり、その年代の子供に対してしっかり疾患に対する理解を推進することが早期の発見・治療につながり、入院などしなくても回復する流れを教育現場でも理解されることが、重症化を避けることになることも現実です。

知らないが故に偏見を持ったりしていますが、現在419万人の精神疾患者がいる現実を直視すれば、誰もが罹る病気であり、多くの方が社会における偏見によって持っている力を発揮できず生き辛さを感じた生活を強いられている現状です。

義務教育の中で精神疾患の理解促進の授業が行われることによって、子供や親が精神疾患について知ることになれば、偏見も解消することにつながるということで、Change.orgにキャンペーンとして掲載されています。

「義務教育で精神疾患を教えて偏見を無くしてほしい」(change.org)
https://www.change.org/t/%E6%95%99%E8%82%B2-ja-jp...

2020/11/04
竹内結子さんの自死を知って、近頃、芦名星さん、三浦春馬さんの自死が続いているので多くのメディアが連日自殺に関した啓発をしていますが、今まで年間2~3万人の方が亡くなっている現実を見つめてもらいたいものである。

1998年から14年連続で3万人超という現実が続き、03年には最多の3万4427人になり、 その後、景気回復や、相談体制の拡充をはじめとする地域の取り組み強化を背景に、2012年に3万人を割って、2010年から10年連続で前年より減少している。
このように自殺者は減少傾向だが、これは法テラスなど相談窓口を充実させるなど社会的サポートが周知されてきた結果である。

2019年以降2万人前後ではあるが、年間2万人の方が自ら命を絶っている現状である。
近年の自殺対策白書では、若者の急増とこれまで注目されていた失業や就職失敗だけでなく、事業不振、生活苦も自殺者増加と強い関連があるという結果が出ている。

今年の8月の自殺者数が1849人(速報値)となり、前年同月比で246人増加したことが、厚生労働省と警察庁の集計で明らかになった。

このように、新型コロナウイルスの感染症で亡くなる方よりも、経済危機で亡くなる方が多いと論評する人もいるほど深刻な状況であり、新型コロナウイルスによる倒産で解雇や雇止めなどによって職を失った方達が経済的に困窮して悲観的な気持ちから命を絶つ道を選ぶことに対して、そんな時にこそ、身近な相談機関を利用したり、親しい知人に話したり、悩みをぶつけたりすることで、悩みや苦しみを解消する機会になるので、日頃からお互いが支え合う人間関係を構築しておくことが、困ったときに自分を救ってくれる最大の生きる術である。

ところが、現代は効率や成果主義によって人の在り方が評価される個人主義なのですが、それがより深まり孤立主義に至ってしまっている現実で、強いものだけが評価されることになり、他者に関わることを避ける時代であるが故に孤立がより一層増して相談などできない関係になっている現実である。

そのような時代に、国は公助として共生社会を打ち出していますがしっかりした具体的な施策を打ち出すべきだし、経済的要因で命を絶つということが統計で分かっている以上は、解雇や雇止になった方々に対する対策として、倒産しないように企業を支える経済対策やそれでも倒産した場合には解雇や雇止めになった方々に再就職や再チャレンジできる経済支援を徹底的に打ち出して、国を支える人々に生きる可能性を発揮できる施策で支えてもらいたいものである。

働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(厚労省)
https://kokoro.mhlw.go.jp/

2020/10/19
宮崎市の高齢者施設「介護支援ホームささえ愛」で新型コロナ感染による集団感染が発生してから一月半ぐらい経って取材に応じた記事が10月8日の宮日新聞に掲載されていました。

地域で、コロナ感染が起きると誹謗中傷による被害がニュースで取り上げられることが多くありますが、今回の記事は、『温かい言葉「救われた」「手紙や電話…前向く力に」』という言葉が示すように職員の方達の心が折れそうな状況にこのような励ましの言葉がどれほど救いになるかという記事の内容でした。

通常、高齢者の感染は重症化して亡くなるケースもあるので入院された方が全員退院されたという事なので稀なケースといえるのではないでしょうか。

札幌市の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」では、92人が感染し、17人の方が病院ではなく施設で亡くなるということに対して、職員のメンタル面のケアも必要になる状況です。

職員は「感染した入所者を入院させてほしい」と訴えたが、市からは「入院はできない」という回答があったといいます。
何故入院して治療を受けられなかったのか、施設で亡くなるという最悪のケースを避けることはできなかったのか、ということが検証され報告書がまとめられています。

報告書は「札幌市は感染管理、人員、物資の面から支援していたが、大規模な集団感染事例への知見が不足していたことなどから総合的な支援にはつながらず、有効な手段とならなかった」と指摘した。
報告書は教訓として、①高齢者施設などにおける感染対策②初動体制③施設への業務継続支援を挙げた。②では、現場の情報を正確に把握するために現地対策本部の設置の重要性を強調し、的確な初動が行える体制の整備を求めた。③では、医師・看護師、介護職員を早急に投入できる支援体制の構築の必要性を訴えた。

沖縄の高山義浩氏(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科)が「高齢者施設でのコロナ集団感染を防ぐには」という記事を掲載されていましたので、要旨を記載します。
・日ごろから発生することを想定しながら仕事ができているか。
・介護従事者が発熱した場合、保健所ではなくコロナの診療をしている医療機関を受診すれば、医師の判断に基づいてPCR検査が受けられます。
・介護従事者に発熱や呼吸器症状を認めたら、コロナかどうかによらず仕事を休むのが原則です。
・高齢者施設とは、もっとも死亡するリスクの高い人たちが集団生活をしている場なんです。この施設内での発生が疑われた時点で、PCR検査については躊躇することなく、広範囲かつ繰り返し実施される必要があります。これは死亡者を減らすうえで、極めて優先度の高い施策といえます。
詳しいことは以下のページです。
https://news.yahoo.co.jp/.../takayamay.../20201007-00201867/

このように今回、宮崎で起きた新型コロナ集団感染に関して、施設職員の方達の適切な支援によって死亡者もなく乗り切ることができたスキルを検証して、県内の各施設がノウハウとして実践できる資料を市や県は作るべきと思います。
また、今回のケースは大事に至らなかった事例ですが、これから第3・4波が来る以上、宮崎でも集団感染が起きたときの為に、行政と民間の連携を他の県の事例を参考に構築するべきと思います

2020/09/07
全国的に感染拡大が第1波よりも多いことを、毎日メディアが感染者数を報道することで、不安などを煽ってしまっていますが、現在、若い世代が感染して無症状や軽症の患者の方が主流なのですが、徐々に経済活動や社会活動によって人と会うことが増えてくれば必然的に感染者が増えることは避けられないことでしょうが、一番守らなければならない領域は高齢者及び基礎疾患を持った方々をしっかり守ることが最終的な対策だと思えます。

そのような中、感染拡大が起きている沖縄において、現場の時々刻々と変化する厳しい状況の中において的確に現場を把握し、感染対策を打っていくことを官民挙げて推進され、お互いリスペクトしながら推進されていることを、沖縄の高山義浩氏(感染症医と在宅医)がFBに記載されている文章に多くの気づきと参考になることを感じています。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100001305489071&epa=SEARCH_BOX

現状認識として、
『4月の中旬ごろの新規感染者数は5~10人/日ぐらいで推移しており、入院している重症者数は7~12人ぐらいでした。現在の新規感染者数は50人/日前後ですが、本日時点の重症者数は2人に過ぎません。一部の報道が「最悪」という表現を使ってますが、何が最悪なのか不明確です。』
『軽症の若者たちの感染者数で一喜一憂するのではなく、力を注ぐべき重症化リスクの高い集団(主として高齢者)における感染者数に注目して、確実に支える対策をとっていくことが大切です。』

というようにメディアに対しても「最悪」という言葉によって不安を煽るのではなく、最悪にならないためにはどのような対策が必要なのか、調べて記事にすべきといっておられます。

菅官房長官や西村大臣の沖縄に対する定例会見での発言、「政府から沖縄県に何回となく、確保すべきであると促してきた」「浦添市にあるJICA施設での患者受け入れを検討している」という発言に対しても丁寧に沖縄の現状を踏まえて説明されている真摯な姿勢に好感を持てます。

如何に中央が地方の現状認識と乖離しているのか、現政権の特徴である自分たちの政策を押し付けて、修正したり、説明責任のない姿勢に、この暑さもあり辟易してるとこです。

そのような中、「コロナ対策が支離滅裂の安倍政権、今こそ「落選運動」を」という記事を拝見しました。

憲法学者の上脇博之・神戸学院大学法科大学院教授が語っています。
「落選運動とは問題のある政治家を当選させたくないという表現活動であり、憲法で保障されている表現の自由、言論の自由に含まれる。」
という事なので、現政権の諸々の対策のフラストレーションを選挙で意思表示したいものです。
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12180-748271/


2020/08/06
現実は、終息しそうにないコロナ禍だし、九州全域や他の県での豪雨被害も起きているし、政治は、改竄、隠蔽、説明責任なし、金で票を買う、などあってはならないことが現実に起きているのを目の当たりにしたり、以前から国の借金が増え続けて現在1,100兆円(1人に換算すると792万円)あり、この借金を返さないで子供や孫に負担させること自体許されないことであると誰もが感じている中で、民主主義が形骸化して機能しなければ利権や汚職がはびこり、特定の人間に富が偏り格差が広がることになり、大多数の富にあずかれない方々は目先の生きることに追われて国の借金を返すなどという意識どころではなくなる社会がすぐ近くに来ているのも現実で、そのような社会にならないためにも、しっかりと説明責任を果たすことができる政治家を選択することで、公正で平等な開かれた民主的な社会が可能だし、そのような社会を子供や孫に引き継いでもらいたいと願う今日この頃です。

ここにきて新型コロナウイルスの感染者が増えてきている状況ですが、ウイルスをある場所に閉じ込めることは不可能なので、当然人間が動けばウイルスも同じように動くことになるし、無症状の感染者であれば尚更外出や人と接したりするのは必然で、そのことで感染者が増えるという結果は想定内として対策を考えるのが政治だと思います。

今のとこ、若い方たちの感染者が多いので、症状も軽症な方が多いのですが、いずれは、社内や家族内感染によって、院内感染や施設内感染という流れの上に高齢者や基礎疾患を持った方への感染が危惧される状況を避ける対策を具体的に政治が打っていくことが求められています。

それに経済と感染対策のどちらかを優先させてしまうと、医療崩壊になり死者を増やすか、失業者を増やすことで国として経済破綻になるか、という状況を避けるには二者択一での政策ではなく第3の道を模索して、しっかりした対策を具体的に打ち、誰もが納得のいく説明責任を果たす政治が求められています。

政治家を選ぶのは、私たち国民の権利なので最大限生かす行動が求められている現状です。

2020/07/05
6月20日と27日に県立看護大学の学生2名が、かふぇらての栄養講座と音楽ライブ講座と食育に任意で参加して利用者の方達と交流しました。

講座後、食育活動の時間まで利用者の方達と交流会を開催して、通院や入院の経験のある利用者の声を聴くことによって、これから社会の中で看護師として仕事をするうえで、貴重な経験になると思っているので、このような機会をできるだけ作りたいと思っているとこです。

学生のふりかえりのレポートから
・かふぇらてで学ばせていただいたことを忘れず、よい看護が提供できる看護師を目指します。
・今日みなさんに教えていただいたことを忘れず、少しでも支えとなるナースになれるように、頑張ります。

利用者の方も学生との交流に新鮮な気持ちを持って自分の体験などを通して意見交換ができることで、自分を客観的にみつめられるし、伝えたいことを上手くまとめて話せる工夫もすることになるので、コミュニケーション能力を高めるのにとてもよい機会の提供だと思います。

また、自分の体験がこれから看護師として生きていくうえでの参考になることで、自分の体験に対してマイナスなイメージを持っていたけど捨てたものではないということに気づかせてくれることで、自己肯定感や有用性を認める機会になっていることをふりかえりの言葉で感じる次第です。

・新規に学生のふりかえりのレポートを掲載しました。
・広報誌7月号にも学生との交流に関して掲載しました。

2020/06/13
街を散策及び徘徊しながら時代の変化を記憶するために記録していますが、街に人がいない風景を日中目にすると非現実の世界が現実化していることに不思議な感覚に囚われてしまいます。

コロナ禍の今、すべての国民が自主的に活動を自粛した生活に耐えると共に不安を抱えた生活を強いられているなかで、如何にスピードを持って強いられたことへの救済措置の対策を打っていくか、が今国会での最優先課題であることに時間をかけて国民の納得のいく対策を成立させるべきなのに、現政権は今国会に「検察庁法改正案」を提出するという横暴極まりない成立をもくろんでいることに憤りを感じています。

東京高検事長・黒川弘務氏の定年を半年間延長することを閣議決定していたこともあり、流れは法改正という思惑につながるのは必然で、見え見えの戦略です。
(黒川氏は緊急事態宣言下で賭けマージャンをし、東京高検検事長を辞職する)

Change.org(「変えたい」気持ちを形に)に「【要請】東京高検・検事長黒川弘務氏の違法な定年延長に抗議し、辞職を求めます」が掲載されていたので賛同しました。

同じく森友学園問題で自殺された財務省職員の赤木さんに関した「私の夫、赤木俊夫がなぜ自死に追い込まれたのか。有識者によって構成される第三者委員会を立ち上げ、公正中立な調査を実施して下さい!」も以前から掲載され33万人の方が賛同しています。

コロナ禍の中で、感染拡大の制圧に法的に規制及び封鎖をする諸外国と違い、日本は自主的に自粛をするという、外圧で閉じ込められるのではなく、自ら鍵をかけて自分を守り他者を守るというリベラルな精神によって感染拡大を防ぐという独自の方法によってコロナ禍を乗り越えようとしているとこに期待できるし、説明責任と情報公開のない現政権は右傾化と監視社会に移行を目指すでしょうから、徹底的にリベラルな精神によってアンチを貫く精神が求められているコロナ禍の時代です。

2020/05/17
4月末から散策しだして5000歩前後の万歩計の数字が表れています。

それにしても、ただ健康のために歩くという目的になると義務的になり続かない性格なのですが、写真を撮ったり、好きなミュージシャン(ドリカム・ミーシャ・松任谷由実)の音楽を聴くことが、スマホだけ持って散策できることに時代の進化を感じています。

3年前に2ヶ月半ほど入院生活を体験した時に音楽が、行動規制され退屈な時間を解消してくれることを実感したのを思い出しながら、ドリカムの「朝がまた来る」「何度でも」「その先へ」「決戦は金曜日」を毎朝のルーティンにしてたほどだったので、今でも聞くたびに気持ちが落ち着いたり高まったりします。

「何度でも」を検索すると、東北震災・熊本地震の応援ソングに選ばれ、今回の新型コロナウイルス感染で全国の医療従事者を応援するためのプロジェクト「#最前線にエールを何度でも」を開始したそうです。

ドラマ『救命病棟24時』を見ていたこともあり、自分が宮大付属病院の救命救急病棟に入院することになり、ドリカムの曲が入院という状況の人に元気のエネルギーを送っていることを実感したことを思えば、今回のコロナ感染での自粛や休業に心折れそうな方々に元気と1歩踏み出すきっかけになることを願っています。

コロナ感染の最前線で危険な現場で仕事をされている医療従事者の方達に対するリスペクトを感じる次第ですけど、地域社会で差別的な態度や言動などが起きていることを見聞きするたびにヘイトの感情を表に出して排除しようとする方がいることにまだ未成熟の日本だと思えます。

ラグビーワールドカップの時に日本チームが示した勝利する目的のためにワンチームとして、お互いがつながって力合わせて戦うという姿勢をこのような危機の時には表すべきで、個人的に差別的・侮辱的かつ攻撃的・排斥的な言動は避けるべきことであると思えます。

コロナ後の世界がどうなるのか、人と人とがつながり、お互いが支えあう社会になってほしい、参考になるページがあるので記載します。

・内田樹氏「コロナ後の世界~「独裁か、民主主義か」という歴史的分岐点~」
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html…

・新型コロナ問題で台湾が教えてくれたこと~マイノリティーへの向き合い方でその国が真の「先進国」かどうかが決まる~
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00860/…

・琉球新報<社説>コロナと監視社会 民主主義の基盤固守を
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1115801.html… 

2020/05/06
久しぶりに宮崎もやいの会のHPに新規のデータをアップしました。

1月25日の映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会にボランティアとして参加した学生の感想レポートです。

これから社会に旅立つ学生が、今回のイベントに参加して感じたことを忌憚のない言葉で記載しています。
http://www.m-moyai.com/index.html

イベントは今から3ヵ月前になりますが、その間新型コロナウイルスの感染拡大であらゆるイベントが中止になったり、あらゆる行動が自粛や禁止などになってしまい、なんだか1月のイベントが遠い昔のことみたいだし、随分と生活スタイルを自主的に変える選択を強いられていることに違和感を感じているとこです。
早くコロナ感染が終息することを願い、コロナ感染によってライフスタイルを変えるべきとこはイノベーションしていくことも必要かと思っています。

昨日、久しぶりに家の近くを午前中に散策してみました。
実は、妻がスマホの万歩計のアプリを利用して毎日ウォーキングをやっているのに刺激されて、私も万歩計をダウンロードしたので、ウォーキングを兼ねて写真を撮りながらのんびり1時間ほどかけて徘徊することにしました。

写真を撮りながらの散策は、以前精神障がい者の日中支援として写真WSとして実施していたのですが、交通事故以降休止しているので個人としても実施していない状況でしたが、コロナ感染対策として体内の免疫力維持のためには、運動や食事・睡眠などが必須だということもあり、1時間ほど家の周りを散策しながら改めて私の写真としてのテーマである、見慣れた日常風景を如何に新たなコードで風景を発見できるか、ミッションとして始めた次第です。

2020/04/29
前回、「高齢者は死ね」ということについて記載しましたが、もう一つの「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」ということに関して記載します。

森田洋之氏のコラムのタイトル「人は家畜になっても」という言葉に衝撃を受けたことと、家畜という言葉に連想して、1960年代に日本医師会会長の武見太郎氏が精神病院の不祥事を目にして「精神病院は牧畜業者」という発言が脳裏に浮かんでしまいました。

武見氏が精神病院を牧畜業という言葉で表した背景には、国として精神障がい者が社会で問題を起こさないために社会から隔離することを目的に多くの精神障がい者を収容(入院)する精神病院を建設するための資金を低利で貸し、経営的に利益を上げるために少ない職員で多くの患者を管理する精神科特例を作り、力で威圧することが可能な環境(閉鎖的)だったが故に、管理するための暴力的な不祥事が発覚する民間精神病院に、同じ日本医師会の会長として憤りを感じた発言(揶揄)だったと思えます。

そのような連想もあり、家畜(飼育)という言葉に刺激されて森田氏のコラム「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」を興味深く拝見しました。

森田氏は、元夕張市立診療所院長として、財政破綻し、病院閉鎖の現状でも元気に幸せに暮らしている夕張市民のことを書いた「破綻からの軌跡」という著書を出版されていて、破綻した地域での地域医療を担うなかで住民の生き生きとした生き方を具体的に実体験したことで、現代の医療や施設の在り方が、人として最期を迎える在り方として最善なのか、と同時に今回のコロナパニックによって人としての権利を制限され、外出禁止を強いられるという、今までにない規制される現実に医療者として憂いを感じたことを真摯に問うたコラムになっています。

森田氏曰く
・高齢者医療の現場である病院・施設は「ゼロリスク神話」による管理・支配によって高齢者の収容所になりつつある。
・多くの高齢者の願いは、「自宅で好きなものを食べて、自分らしく生活をしたい」という至極単純なものだ。それなのに、世間や医療のゼロリスク神話はいともたやすく高齢者の生活を奪ってしまう。
このような現実の中で、管理・支配をしない高齢者地域医療を確立していくか。
高齢者の意思を尊重した「自宅で好きなものを食べて、自分らしく生活をしたい」という望みを地域で実現することが自身の課題だということで、医療及び多職種連携による夕張での実践が、その後の地域医療のコンセプトとして日々生かされた活動につながっていると思えます。

そのような中での今回のコロナパニックを客観的に凝視した結果、以下の言葉に要約されると思えます。
『意識するかしないかに関わらず、我々はリスクと共存し、それを許容して生きてきたのだ。
それなのに今、コロナによる恐怖と医療従事者による「ゼロリスク」の先導は世界中の経済を止め、生活を破壊し、人々は自らカゴの中に入ろうとしている。そして巨大な権力は近い未来、医療が持つ壮大な力を巧みに利用するだろう。
そんな未来を子供達に残してしまうのか…しかも自分たちがその片棒を担いでいるのか…。』

「死への恐怖、命を守る」という命題によって、人を管理し支配する社会を生み出す可能性があるということが、今までフィクションとして近未来物語として描かれてきましたが、今回の規制による自粛や制限という現実に対して、想像力を働かせれば現実味を帯び、身近なとこに押し寄せてきて、知らず知らずに管理と支配の枠組みの中に取り込まれていっていることに警笛を鳴らし、知らしめることを切に願った渾身のコラムだと思えます。
これから先、想定しない危機が起きたとしても、如何に個人として自由や自己決定権を手放さないで危機と共存していくかが問われる時代かもしれません。

「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」の記載は以下です。
https://www.mnhrl.com/corona-jail-2020-4-14/…

2020/04/23
・「高齢者は死ね」萬田 緑平氏
・「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」森田 洋之氏

上記のドキッとするキャッチコピーは、世界に猛威を振るっている新型コロナウイルスによって日本もヨーロッパやニューヨークと同じように医療崩壊を招くのではないか、という状況に対して在宅医療を担っている二人の医師から発信された文章に記載されていた言葉です。
「高齢者は死ね」という言葉は、萬田緑平氏の「新型コロナウイルス問題への萬田の私見 part 7」で、連続して私見としてFBに記載されています。
https://www.facebook.com/ryokuhei.manda?epa=SEARCH_BOX       
萬田氏の地域医療のポリシーは『「必ず亡くなるのだから死ぬまで楽しく、上手に、格好良く生きましょう」と伝え、最後まで生きる手伝いをする。』という姿勢で取り組まれてきた中で、今回の新型コロナウイルスの日本における感染拡大による医療崩壊という問題に対して、真摯に死生観として投げかけられている内容です。

「高齢者は死ね」という言葉のインパクトが強くて高齢の方から異論が出てきそうですが、文章を読めばパラドックス(逆説)であるということがわかるし、地域での高齢者の最期を看取ってこられた医師として、今回の新型コロナウイルスで大施設での感染が広がると多くの高齢者が重症化して病院へ入院ということになり、医療崩壊につながることは目に見えていることが自明であれば、「施設高齢者は本人の治療の意志がないと病院に運んじゃダメだ。」と大胆な意見が記載されていますが、それだけ当人の意思に関係なく家族や施設・医療の意思によって生命を維持され延命させられている現実を凝視することを、平時においては見ないで済ませていたことが、今回の非常時においてそのことがネックになって医療崩壊の要因になってしまうという現実を突き付けられることになり、改めて高齢者になる身としては、自分の死生観を考える機会を与えられたと捉えているとこです。

私としては、自分の意志で死を決めさせてもらうことが、納得いく人生の最期の終わり方ではないかと思えるし、最期に意識のない植物状態での延命を望まないことが社会に対する貢献だと思えます。

萬田氏の今回の文章が、今まで正面から問うことを避けていた高齢者の最期の問題、パンドラの箱を開けることで、納得のいく最期をどう生きるか、家族や他者に委ねず、共に決めることで、納得のいく最期を迎えることができるのではないかと思えます。

P.S
そのように自分の意思をしっかり家族や医療・介護者に伝えておくことを、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)といって、患者さん本人と家族が医療者や介護提供者などと一緒に、現在の病気だけでなく、意思決定能力が低下する場合に備えて、あらかじめ、終末期を含めた今後の医療や介護について話し合うシステムがあるそうです。

2020/04/15
宮崎市で3日に新たに3名のコロナ感染者が確認されました。
県内に7名の方が感染されていますが、全て国外・県外(感染拡大地域)に行って感染したという状況です。

それぞれ、大事な用件で県外に行かれるのでしょうが、今の時期感染の可能性は、行くより、行かない方が低いのであれば感染してから悔やんでも後の祭りであるということを自覚した行動が求められているということです。

特に高齢者の方や基礎疾患を持っておられる方に感染すると重篤化して死に至るというケースも報告されているのであれば、誰もが大事な人に感染させることを避ける行動が、最大で最善のアクションだと思えます。

今、東京がニューヨークと同じような感染の道を進んだら医療崩壊になり多くの人命を失うことになるのか、参考になる事例としてカルフォルニア州が外出禁止令を出したのが19日でニューヨーク州が22日に外出禁止令を出した違いが、これほどその後の感染拡大と死者数に影響するのか、驚きのデータです。

宮崎も感染者が少ないからといって油断した行動が、最悪の結果になることは自明のことですし、今の生活リズムを守るには、今まで以上に不要不急の行動自粛や日々の感染予防に細心の注意を払うことだと思えます。

外出禁止になることで家に籠ることになり日々の生活リズムが崩れ体調に異変をもたらし入院ということを避けたいという精神障がい者からの声であり、日々自分を生かせる居場所がありコミュニケーションを通じて回復の道を歩んでいる方に取って外出禁止はリスクの多い対策なので、そこにいたらないことを望み、そのための感染予防に注意しています。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3947229.html

P,S
沖縄県立中部病院の高山義浩氏などが賛同して「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金」の寄付を募集しています。
https://readyfor.jp/projects/covid19-relief-fund…

2020/03/29
日本でも徐々に拡大している新型コロナウイルス感染ですが、東京や大阪・兵庫など爆発的感染があるということで、外出を控える注意喚起が促されています。

諸外国など非常事態宣言により強制的な外出禁止など強硬な政策で感染に対する予防を取っているのを目にすることで、できればそのような状況にならないにはどうすればよいか考えさせられます。
日本の場合は、諸外国みたいに強制的に非常事態として感染を防止するのと違い、個人の自主的な予防意識に呼び掛けていることなので、どこまで個人的に意識を持って制限するか、自分の行動が社会に影響するということをどこまで意識することが出来るか、私たちに問われているということです。

個人としての感染予防は、
・まずは日々の手洗い
それから、感染しやすい場所に行かない
・密閉空間(換気が悪い)
・密集場所(人が密に集まって過ごすような空間)
・密接場面(多数の人が接触するおそれが高い場所)
特にこの3要素が重なる場所は避けることに注意した日常生活が求められています。

皆さんも早く収束することを願っておられるでしょうが、精神障がい者にとって、外出禁止などによって家に籠ることで孤独な生活になり悲観的な考えがよみがえり、体調を崩し再発して入院という経験をしておられるので、日中楽しく過ごせる場所があることが回復にはとても必要であるということです。

日中、事業所や施設などに行ったり、人と会ったりすることで、病気のことを過剰に考えることを忘れて、目的を持った生活、好きなことに熱中することや気分転換や癒されることによって、心のバランスを保って地域生活をリズムよく過ごすことが出来るので、そのような日常でなくなることで不安になる方がいるのも現実です。

感染症対策によって、回復する機会を奪われることにならないように十分非常事態宣言が発令されないように、個人として感染予防の必要性を自覚して、自主的に予防しましょう。

P.S
高山義浩医師が、『症状あるときは「マスク着けて出勤」ではなく、「症状が治まるまで病休」です』と発信しています。
https://www.facebook.com/profile.php…

2020/03/16
今、新型コロナウイルス感染に関することが連日報道され、それぞれの立場による専門家やコメンテータの思惑などによって状況を解説されていますが、そこには冷静で客観性に裏打ちされた分析ではないことによって、多くの方が惑わされることになったり、不安を抱いてしまう結果になっているのも現実です。

ということで、不安を解消できる客観的なデータに基づいて記載された資料をSNSの情報過多の中からドラスティックでシビアに書かれた資料を探して掲載しました。

森田洋之氏(医師で南日本ヘルスリサーチラボ 代表)の「間違いだらけの新型コロナウイルス?いま日本人が知っておくべき6つのこと」という資料は、随時アップデートされて現状に即したデータを示されています。

高山義浩氏(沖縄県において感染症医と在宅医)が具体的な問題に対して真摯に対応されている資料が掲載されています。対策としての封じ込めることの意義、PCR検査に関するQ&Aや学童保育などへの感染対策の質疑応答やこれからやってくるシナリオを基に沖縄での対策のシナリオを拝見することが出来ます

萬田 緑平氏(在宅緩和ケア医)の「新型コロナウイルス問題への萬田の私見」ということで、医者であると同時に人間としての独自の視点で、今回の新型コロナウイルスへのアプローチを私見として試みている資料にも出会いました。

森田洋之氏(医師で南日本ヘルスリサーチラボ 代表)
・「間違いだらけの新型コロナウイルス」
https://www.mnhrl.com/covid19-6point-2020-2-28/…

高山義浩氏(沖縄県において感染症医と在宅医)
PCR検査に関するQ&A
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2735521836501306&id=100001305489071

・学童クラブの担当者やボランティアの方々に対して、新型コロナウイルスの流行に備える感染対策:質疑応答
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2731200086933481&id=100001305489071

・対策としての封じ込めることの意義
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2726515674068589&id=100001305489071

厚生労働省が新型コロナウイルス感染症の本格的な流行に備える目的で、その規模を仮定として示すシナリオに基づいた沖縄でのシナリオ
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2743197642400392&id=100001305489071

萬田緑平氏(在宅緩和ケア医)
・「新型コロナウイルス問題への萬田の私見」
https://www.facebook.com/ryokuhei.manda/posts/2766743233404020


2020/03/02

巷では、新型コロナウイルスの感染に関した情報が日々報道されていますが、間違った情報を拡散しないことが、SNSを利用するものの道義的責任だと感じているとこです。

『映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会』に参加した方々に任意で感想レポート書いていただけませんか、と依頼したら12名の方からデータを送って頂きました。
早速、宮崎もやいの会のHPに掲載しました。

主催者としては、映画と講演のイベントをどのように自分事としてフィードバックしてもらったのか、客観的な視点によって評価なり、今日的な課題であったか、ということを確認するためにも、参加された方の記憶として刻まれたものを言葉で残してもらうことを依頼して、そのデータから、改めて法人としてフィードバックして次につなげることができればと、イベント終了後に感想レポートの依頼を以前から継続しているとこです。

送ってもらった文章を読むと、イベント開催の趣旨より広く深く受け止めておられることが、文章から感じとれる内容に主催者としてはとても感激しているとこです。

何事も予定調和で終わることも大事ですが、忌憚のないシビアな言葉が記載されていることで刺激されることになります。
それからボランティアで参加してもらった学生さんにも感想レポートを依頼しているので、どのように受け止めて感じてくれたのか楽しみにしているとこです。

PS.
Dr森田洋之氏(南日本ヘルスリサーチラボ)のコラムで「間違いだらけの新型コロナウイルス?いま日本人が知っておくべき5つのこと。」掲載されています。
https://note.com/hiroyukimorita/n/n03451f873e99


2020/02/12

映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会」が無事終了しました。

多くの方に協力して頂き、参加して頂いた方々に、この場を借りて、お礼を申し上げます。
協力・参加、有難うございました。

今は、イベントのアンケート(72名分)のコメントをデータにしたりして法人(宮﨑もやいの会)独自の報告書制作と法人の広報誌(すてっぷ)に特集として今回の『映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会』についての記事を掲載するのに、参加された方で文章を書いてもよいという方々にお願いしているとこです。

イベントを実施すればそれで事足りたというわけにはいかないのがNPO法人のミッションなので、しっかりふりかえって結果を凝視して次につないでいくという作業が大事と後始末に奔走しています。

今回のイベント開催で、加藤忠相氏の書籍「あおいけあ流介護の世界」を販売するので、鹿児島の南日本ヘルスリサーチラボ代表の森田洋之氏と出会ったことに縁を感じています。

森田氏は、宮崎医科大学医学部入学、宮崎県内で研修を修了し、平成21年より北海道夕張市立診療所に勤務していて、「破綻からの奇蹟 ?いま夕張市民から学ぶこと? (これからの日本の医療・介護の話をしようシリーズ1) 」という書籍を出版して、夕張が財政破綻・医療崩壊という中で医療活動を実施しながら意外な発見があったことが記載されています。

これから地域社会が崩壊すると言われている中でどっこい楽しく生きていくことの秘訣が満載です。

最近、新たな共著で「社会的処方: 孤立という病を地域のつながりで治す方法」という書籍にも執筆されています。
従来の医療の枠組みでは対処が難しい問題に対し、薬ではなく「地域での人のつながり」 を処方する「社会的処方」というテーマで6名の方が執筆されています。


2020/02/01

昨日の『映画「ケアニン」&加藤忠相氏講演会』に多くの方に来場いただき、有難うございました。

今朝、スタッフとして手伝って頂いた方々のイベントのことに関するコメントの記載を読んで改めて企画してよかったと思った朝でした。
また、来場して下さった方のコメントを見たりして、自分をふりかえっているコメントを見ると、企画としてよかったと自賛しているとこです

帰り際、映画「ケアニン」を観て、久しぶりに涙を流しました、と感慨深げに伝えて下さった方達が多くおられました。

人と人とが仕事とはいえ関わる中で、お互いが思い合うというあたりまえのことを介護という世界をテーマに物語として伝える映画としてのリアリティが見る側の機微を揺さぶる内容でした。

涙した後に、加藤さんの講演を聴くことになり、スタッフの方の言葉ではないですが「感動と笑い、涙と勇気」「背中を押してもらった」という内容の講演でした。

忌憚のない言葉で、あたりまえの介護をクールでホットな語りで来場者を引き込んでいく語り口に皆さん頷きながら聞いておられました。

最初に、良い介護人材とは、成功事例とは何なのか、と聞かれて、改めて考えるということに気づかされるということが、その後の話の内容によって幾つもある講演でした。

国の施策を活かして利用者に寄り添った施設が開設できる現実であるけど、介護に限らず運営者次第であたりまえの支援ではない運営が行われている現状であることに憤りを感じてしまいます。

そのような現実の中、あたりまえの介護を実践している加藤さんの実際の施設の話を聴くことで勇気と希望と可能性を実感した方達が多くいたことをアンケートなどで感じた次第です。


2020/01/16

とうとう、近づいてきました!
25日開催の『映画「ケアニン」&加藤忠相氏講演会』が、後10日ほどで開催です。

早いもので、去年の7月ぐらいから企画して進めてきましたが、その間、色々な領域の方と出会ったり、個人的に久しぶりのイベントだったので、不安でしたが色々と進めていると段取りが甦ってきました。
一番問うことは、今日的な課題であるか、ということを考えながら思ったことは、介護の問題は地域において複合的なつながりがあり、介護だけの領域ではなく包括的に捉えることが課題解決には必要ということにワクワク感を感じながら進めてきました。

今までイベントを実施して、終わってよく耳にするコメントが「よいイベントなのに、もっと多くの方に来てほしかったですね」という声を聞く機会があったので、今回はそのような声を払拭するためにもSNSなどデジタルツールを使って賛同者の方々に広く宣伝してもらっているとこです。
また、支援してくださっている方々にも後1~2人の方に声掛けてもらって来場していただくようにアナログ的方法でお願いしているとこです。

申込の締め切り日が、15日になっていますが、まだ会場には余裕がありますので、15日過ぎでも受け付けられるようにしています。
どうぞ、よろしくお願いします。

配給会社の株式会社ワンダーラボラトリー(映画を通じた「人が人を支える社会づくり」がミッション)から今回の上映会に関して、ケアニンのパンフレット(600円)、ケアニン2チラシ、自主上映会の提案チラシが送ってきました。

それと、加藤忠相氏が森田洋之氏(医師・元夕張市立診療所所長、宮崎医科大卒)と共著で出版している「あおいけあ流介護の世界」(1,000円)も会場で販売することにしています。

どうぞ、介護及び福祉に関する「映画と講演会」を通して地域密着の施設や支援の在り方を改めて考える機会として、有意義な時間を過ごして頂ければと考えております。


2020/01/04

新年明けましておめでとうございます。
2020年が皆様にとって佳い年でありますよう願っています。
宮崎の正月3が日は、快晴の天気が続き、とても過ごしやすい日々でしたので、今年も幸先の佳い幕開けだと感じているとこです。

新年早々1月25日に、NPO法人宮崎もやいの会主催で『映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会』を計画しているので、開催日までに集客に力を注ぐことになりますが、今回のイベントに参加される方に、申込された動機やイベントへの期待などを聞いたので、以下のページに掲載しています。

http://www.m-moyai.com/index.html

https://www.facebook.com/events/2238874099573899/

申込のコメントとして、親の介護に関してのことだったり、自分自身が介護される立場になった時に、どのような地域支援があるとよいのか、ということを考えておられて、今回のイベントをいい機会として捉えている方達が多いのも高齢化の波と自分事として考える方達が多く、そのようなコメントが寄せられています。

介護は3Kと言われることで、人材不足になり、従事者に過剰な負担がかかることで精神疾患に罹患する方もおられる職場であるのも現実ですが、そのような職場を改善する試みが起こってきているのも見聞できる今回のイベントです。


2019/12/09

先日、「こころのふれあうフェスタ2019」作品展(主催: 宮崎県障がい者芸術文化支援センター)の一環として、12月1日にパネルディスカッション「アートと障がい者支援についてのトークイベント」にパネラーで参加してきました。

坂本金一(造形作家)さんが、自閉症や障がい児の子供などに絵画や造形を教えて感じたことを話されました。

吉野由夏(どんこやメンバー)さんが、アートに触れてから自分の世界が広がっていったことやアートを通じた人との交流などによって積極的を気持ちを持つことで自分自身がネガティブな心からチャレンジする気持ちに変わったことなどを話されました。
吉野さんは、2009年に「アートステーションどんこや」と法人と一緒に「猫じゃ猫じゃ展」をフローランテ宮崎で展示会をやった時にどんこやのメンバーさんが作品を制作する姿などを撮らしてもらったりしたので、10年前の姿を思い出すと同時に今日の発表する姿を見て感激しました。

障害のある子を持つ親の立場で吉野さんの姿を見た時に前向きに成長している姿が感じられることが親としては嬉しいことなので、どれほどご両親が喜ばれていることか胸が熱くなりました。

このようにアートを通じて障害を持った人達が前向きな心になったり、自分の思いをイメージ化して描いたり作ったりすることで、障がい者として閉ざされた世界から飛び出して新しい世界に旅立つことで新たなアートの世界を生み出してほしいと思っています。

今まで心身ともに五体満足に生きてきて、突然障害を持ってしまうことで、今まで当たり前と感じていた世界が、突然違った世界に感じられること自体が、新たな発見であり、その違いをアートとして体現することが大事で、一般的な世界から逸脱した精神が独創性を生み出し、表現として成立することにつながると感じています。

ハンディを逆に活かした生き方を、積極的にアートにも活かすことがオリジナル性を生み出すことになるのかもしれません。

2009年にどんこやで撮影したメンバーの制作風景と作品を、2013年に法人の写真展「「I love みやざき」で展示した時の撮影記を掲載しています。
http://www.m-moyai.com/donkosatueik.html


2019/11/23

久しぶりに平和台の塔の前にある「ひむか村の 宝箱」の池辺 宜子さんを訪ねて、今回、開催する『映画「ケアニン」上映会&加藤忠相氏講演会』のチラシを届けに伺いましたが、只今、シュタイナー教育から生まれたライアーという楽器の野外での演奏会を公園でやっています、とスタッフから聞いたので、カフェ周りを散策して写真撮ったりしてカフェでオーガニックのコーヒーを飲みながら待っていました。

池辺さんは、宮崎もやいの会を立ち上げる数年前に「ひむか村の宝箱」を開設していたので、交流できるスペースのない法人に夕方から店を提供して利用させてもらったりするぐらい色々と協力してもらった支援者の一人です。

コーヒーを飲みながら待っていたら帰って来られたので、チラシを渡して色々話している時の表情がよかったので、写真を撮らせてもらったのですが、楽器のライアーは、癒しの竪琴として紹介されるぐらい癒しに効果があるということだったので、その効果で表情が優しい雰囲気を醸し出していたのかもと思いめぐらせました。

支援センタかふぇらてを開設してからは、以前みたいにフリーに時間がある状況ではなくなったので、気晴らしに伺うということがなくなったのですが、それでもここという時には訪ねて、お願いしたりしている状況です。

今回のイベントも高齢の親を持つ身としては切実な問題なので身近な方達に問題を共有してもらって、より親の願いを叶えられる地域での支援の在り方を考える機会にしてもらうように話して、協力をお願いした次第です。

申し込みは、以下のサイトから。
https://www.kokuchpro.com/event/m_moyai/
http://urx.space/07fg


2019/11/02

NPO法人宮崎もやいの会として、久しぶりに企画したイベントのチラシができました。

来年の1月25日(土)に開催する『映画「ケアニン」の上映会と加藤忠相氏の講演会」のチラシができたので掲載します。

映画ケアニンは、地域の小規模介護施設で働く若者が主人公で、日々の介護の仕事を通して介護者&人として成長する姿を描いた映画であり、その映画のモデルになった小規模多機能施設を運営している加藤氏に講演してもらい、より介護の仕事の持つ魅力を語ってもらうことにしています。

介護の世界の問題だからと介護関係者だけの問題でなく福祉に携わっている方達に通底している問題でもあり、高齢者であれば誰もが自分ごととして考えなければならない課題であるのも現実です。

誰もが最期は納得する人生で終わりたいと思うのが当たり前で、そのために住み慣れた地域でいつもの日常を過ごしたいというのが思いで、それをどのように実現していくか、その課題に向き合って施設運営している方達が全国にはおられる中、加藤氏もその一人だと思えます。

地域での支援を考えた時に、他職種の連携によってより包括的に課題解決が可能になるのですが、連携がないために取り残されている人達がいることも現実で、地域によっては積極的に縦割りから横断的な連携を実施して成果を出してきている地域もあるのが現実です。

地域での生活を考えたら色々な課題に遭遇するのは当たり前でワンストップで相談を受け、他職種チームで支援するというシステムができることが成熟した地域社会ではないかと妄想しています。

名義後援は、以下です。
一般社団法人宮崎県介護福祉士会
一般社団法人宮崎県社会福祉士会
一般社団法人日本精神科看護協会宮崎支部
一般社団法人宮崎県精神保健福祉士協会


2019/10/10

来年の1月25日(土)に市民文化ホール イベントホールで「ケアニン~あなたでよかった~」の上映会と映画のモデルになった介護施設の運営者:加藤忠相氏の講演会を開催することになりました。

このイベントの機会を生かして、9月から12月までの期間、毎月1回「加藤忠相氏の介護実践から学ぶ会」を実施することにしました。

加藤氏の介護理念は、介護に止まらずあらゆる立場の方に、特に看護・援助・支援に携わっている方に刺激になる実践なので、講演会前に学ぶ機会になればと企画しました。

「学ぶ会」の日程は、毎月1回、第2週の土曜日、10時から12時まで、市民プラザ4階で実施します。
案内は、イベントページを作りますので、詳細はページを確認していただくとよいと思っています。
https://www.facebook.com/events/2384731588280371/

NPO法人宮崎もやいの会としては、2015年に県内18ヶ所で「ふれあい交流会」を開催してから公にイベントを開催していなかったので、久しぶりに上映会申請及び加藤氏のゲスト依頼をワンダーラボラトリーの担当者に連絡して、30日の夜に担当者から加藤氏の出演はOKですので、開催準備を勧めてくださいという連絡があり、一安心したとこです。

これで、本格的にチラシの制作やSNSでの案内やイベントページを具体的に発信することを進めていきながら、何とかしたいと思っている方々と盛り上げていけたらよいと思っています。

一人でも現実の在り方に疑問を持って新たな道を模索されている方に出会う機会になることを期待しているとこです。


2019/9/17

福祉のイノベーションで検索していたら、「僕らの仕事は、管理や支配をすることではなく、介護保険上の自立支援をすることなんです。」「自分の思い通りにいかない人を鍵や薬でコントロールしているだけです。」という言葉が目に留まったのでクリックしたら神奈川県藤沢市で老人介護施設を運営している株式会社あおいけあ代表の加藤忠相氏の講演での文章にヒットしたみたいで読ませてもらいました。
https://ninchisho-online.com/archives/15733/

加藤氏の言葉が、介護だけの問題ではなく精神の世界でも、べてるの家の向谷地生良氏が、精神医療は囲療であり、看護は、管護であり、福祉は、服祉であるといったことを思い出させてくれるぐらいインパクトのある言葉でした。

大学卒業後、特別養護老人ホームに介護者として勤めたけど介護の在り方に疑問を持ってしまい25歳で起業することを選んだという稀有な人物です。

世の中、先駆者といわれる方の特徴は、既存の在り方に疑問を持つことが新しいシステムを構築することにつながり、より納得のいくシステムにイノベーションしていくことが不可避であるという時代でもあると思えます。

介護の世界のことをドラスティックにドライな視点で、じいちゃん・ばあちゃんに向き合って実践して感じた視点で書かれた文章に出会って、何が大事なのか、真摯に介護に向き合っている姿勢とその姿勢を客観的な言葉で論理的に語られているとこに、共感した次第です。

大施設という成果と効率を求めた施設のミッションは、施設中心に全てを成立させて、それ以外は不要なものとして排除していくという中に、人権や尊厳を無視した管理的なシステムが横行している現実に疑問を感じて、それを実行することに決別して新たな道を切り開いていくことを選ぶ人たちがいることに、まだまだ期待できる未来を感じたと同時に、私もそうありたいと感じた次第です。

加藤氏の施設をモデルにした映画「ケアニン~あなたでよかった~」の自主上映会ができるシステムがあったので申請して、上映会と講演会を令和2年1月25日(土曜日)に市民文化ホールのイベントホールで12時開場の13時開演、16時30分終了というスケジュールで開催することになりました。


2019/8/15

豊中市社協でのコミュニティーソーシャルワーカー(CSW)の実績を見ていくと、家から地域へというときの地域資源をどうやって確保するかというときに、国の緊急雇用創出基金や安心生活創造事業を市が予算化して社協が委託を受けて実施してきたことが記載してある文をみて、なるほどこの手があるのを再び確認したとこでした。

県の家族会に身を置いていた時に国の予算があることを知ると県の担当にこの予算を使うことで効果があるということをレクチャーし、理解してもらい、委託を受けて活動を推進したり、理解のある担当者だと国の予算を先に知っていてこの予算はこの活動には使えます、と積極的に進めてくれるという過去の経緯がありました。

かふぇらての運営に携わってからは、あまり国の予算など見て精神障害者の地域での支援施策を生かした活動を実施するとこまで余裕がないのが現状だったので、興味が持てませんでした。

近頃、CSWの地域での必要性を感じてからは、色々と可能性を探っている中で、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築という資料を厚労省が掲載しているのを見て、鹿児島県が構築支援事業を活用して地域移行推進に取り組んでいるのを知り、以前、鹿児島県がピアサポート人材育成事業として、国の緊急雇用創出事業臨時特例基金を活用して実施したのを聞いて、通常、商工政策課が利用する予算を障害福祉課の担当者が精神障害者の雇用という視点から予算化したことに感心した次第でした。

今回も精神障害者の地域移行推進とピアサポート活用を促進する事業を国の予算を活用して実施しているのを見て、隣の鹿児島県の担当者の機転の利いた事業展開に感心しながら、精神の入院患者が鹿児島県は全国ワースト1を返上するために精神障害者の雇用や地域支援を積極的に事業として展開していることに、宮崎も全国ワースト3であるのに何を具体的に施策としてやっているのかと思いいたっているとこです。


2019/8/1

「孤立している方々への地域支援がどれほど大切であるか考えさせられます。」という文章を受けての続きです。

犯罪を起こす人たちの背景を見てみると、地域で孤立していることが見て取れます。

現代社会の個人主義や成果・効率主義がもたらす自分さえよければという風潮が、孤立を生み出し、上下関係や主従関係によって縛られ、閉塞感を日々感じながら誰もが孤立して生きているということは、誰もが今の世の中、犯罪者になる可能性はあるということになります。

犯罪の要因である孤立を如何に回避することができるか、地域で人と人がつながる仕組みを作り、地域の人たちの協力で孤立を防いでいくことができるか、コミュニティ再生によって犯罪は防止できるのですが、現状は、コミュニティが崩壊していて孤立が進みSOSの声を上げられない家族や当人が声を潜ませて生活しているのが現状です。

そのような状況に積極的な支援を実施して効果を上げている大阪の豊中市社会福祉協議会をモデルに2014年にNHKで深田恭子さんがコミュニティソーシャルワーカー(CSW)を演じた『サイレント・プア』というテレビドラマがありました。

このドラマのモデルになったのが、大阪府の豊中市社会福祉協議会で、地域に制度の狭間にいて自らSOSを出すことができずに孤立する人たちを、行政と連携して支え、もう一度社会につなげていく活動を推進する専門職をCSWと位置づけ、2004年に大阪府が全国で初めて導入した制度です。

このような制度が、全国的に広がり地域に根差した支援として定着することで、多くの声を出せない人々が、日々の生き辛さから解放され、人とつながったり社会につながることで、自信や希望や誇りを持つことになり、自殺や犯罪の防止につながる支援だと思えます。

宮崎も積極的にCSWの育成や地域への配置を考えた施策につながる働き掛けをしていくことが求められている現状ではないかと思えます。
まさにCSWの活動は、アウトリーチによる地域での支援なのです。


2019/7/11

ちょっと考えさせられる事件が続いています。

今回の吹田市での警察官拳銃強奪事件の容疑者が精神障害者保健福祉手帳を所持していたという記載がされていたことで、また、精神障害者に対して刷り込まれた偏見で犯罪者というイメージを持つ方がいるのも現実で、そのことが報道などで大きく取り上げられると、今まで順調に地域生活を送っていた多くの精神障害者の方に不安な気持ちを抱かせ、体調を崩したり、人の目が気になって外出できなくなってしまいます。

このような不安な気持ちの時こそ、一人の人間として優しく接することが不安解消につながるので、できるだけ優しく接することが、地域で共に生きてる人間として大事な対応の在り方だと思います。

容疑者が精神障害者であると、大きくメディアに取り上げられるたびに、精神障害者=犯罪者というイメージに囚われますが、実際の犯罪検挙人総数の中で精神障害者の数がどれほどか、調べたとこ平成29年度の犯罪白書で、検挙人員総数226,376人で、精神障害者等が4,084人で1,8%という数です。

精神障害者等には、精神障害者2,463人、疑いのあるが1,621人ということで、精神障害者の数にすると1%ぐらいになり、もっと少なくなります。

このようにメディアの報道によって、とても偏った、誤ったイメージを持ってしまっているのが現状です。

それに精神障害者で事件を起こしている人は、治療中断者など地域での支援を受けていない方であると報告されています。

地域で医療・福祉の支援をしっかり受けていれば、身近に信頼できる相談者がいるので、犯罪につながることを予防することになります。

孤立している方々への地域支援がどれほど大切であるか考えさせられます。


2019/6/23

東京都練馬区の事件を観て、とうとう起きてしまったかという印象でした。

親として何歳になっても子供として対応してしまう習性が、ひきこもってしまっている息子に、長年、否定や批判といったネガティブな言動によって確執が続くことで、親も子も心が疲弊してしまい、親として将来のことを案じて絶望感や不安感が募り、悲劇を起こしてしまう原因になっている現実です。

ひきこもりに限らず精神疾患者及び知的・重度障害者や高齢者や幼児と同居している家族が孤立した状況には、並々ならない負担による厳しい現実があるのですが、そこに適切な支援がなされていないがゆえに悲劇が今も続いているのが現実です。

1970年に横浜市で母親による脳性マヒ児の絞殺事件が起き、子育てに疲れ絶望的になった母親の犯行に減刑嘆願運動が起きましたが、「重症児に生きる権利はないのか」「罪は罪として裁け」と訴えた脳性マヒ者団体「青い芝の会」による重症児殺し告発運動があり、「なおるか、なおらないか」「働けるか、否か」によって決めようとする、人間に対する価値観が問題なのだと問題提起していました。

親だから子供を殺してもよいのか、という問いにイエスという方はおられないでしょうが、親子であれ一人の人間として対等に接することが基本なのですが、確執や将来を悲観した状況では冷静に対応できない面もあるので、そのような状況に当事者・家族が信頼している専門職が訪問し、相談できる支援が必要と考えます。

精神障害者の地域支援においてACT(包括地域生活支援プログラム:24時間365日)という訪問型の支援があるのですが、この支援が当事者・家族にとって、今のとこベストな支援だと思えます。
国は、アウトリーチ支援事業として3年ほど推進しましたが、定着しなかったという現実です。
(日本の精神医療は、病院に来てください!という在り方)

それでも心ある精神科医や専門職などによってACTが地域支援として立ち上げられている現状でもあり、全国津々浦々に開設されることを願っています。

精神に限らず孤立している家族に対する支援として、訪問型の地域支援が、安心して地域で暮らすことのできる支援と思えます。

ACTの紹介は、以下です。
https://actips.jp/about-act/a

親子の感情表出(Expressed Emotion:EE)が、高いか、低いかで、回復に影響するといわれています。
https://www.lab.toho-u.ac.jp/…/a…/expression_recurrence.html


2019/6/9
今まで、NPO法人宮崎もやいの会のホームページをBBIQのホームページ容量貸しを利用していましたが、5月31日で終了するという連絡があり、久しぶりに移行するための手続きなどで、脳をフル稼働にして働かせました。

新しいレンタルサーバーでの登録やアカウントやドメイン登録・設定など済ませて、新規作成をしていってサイトデータのアップロードと進むのですが、途中でなかなか理解のできないことがあったりするとそのことに集中するので脳が覚醒状態になってしまって疲れから解放されない状態が続きました。

何とかサイト移転を済ませることが出来ましたが、色々な問い合わせに対応してくれた新しいレンタルサーバーの担当者の方には感謝しています。

新しいレンタルサーバは、今まで以上に容量が大きくなり100ギガまで使えるので画像など豊富に利用した掲載が可能になるので、法人の活動を紹介するのに最適なサイトが構築できると思っています。

個人の写真サイトの「wave gallery」の無料サーバーのジオシティーズも3月で終了したので、同じレンタルサーバーの無料サーバーに移転しました。
久しぶりに20年ほど前にインターネットに興味を持って個人の写真HPなどを制作しているときの気持ちがよみがえってきて、ワクワク、ガックリ、憔悴、喜び、最後にやったーという感情がうごめきました。

新しいことを始めるときの心構えは、2歩前進5歩後退というぐらいの受けとめを繰り返しながら進んでいくしかないということを気づかせてくれた過去のHP制作の思いでが脳裏をかすめて行きました。

2019/5/24
宮崎で活躍している真北聖子さん(車いすのシンガーソングライター)のいとこの漫画家・みやざき明日香さんが、昨年『強迫性障害です!』というコミックエッセイを発売したら反響が大きかったらしく、続編となる『強迫性障害 治療日記』が発売されたことを紹介されていました。

早速、地域活動支援センターかふぇらてで2冊購入したので読みました。

精神疾患の強迫性障害(強迫観念・強迫行為)によって日常生活がままならないことになり、スケジュールに狂いが生じて予定通り過ごせないので、勤めることや外出することに消極的になって家に閉じこもる生活を強いられてしまうことになるなかで、どのようにして障害を持った自分を受け入れることができ、自分の得意とする漫画で実体験を赤裸々に描いて公に発信するというアクションを起こすことができたのか、興味のあるテーマです。

彼女自身、自分の体験が他の方の回復の参考になったり、強迫性障害の理解につながる活動になることが、ミッションだということで、自分のストリングスである漫画という表現手段を通じて自分自身を公に発信することに情熱を傾けて連載されたのだろうし、自分の体験を描くことで自分自身を論理的且つ客観的に見つめることが、物語のストーリー性を高め、強迫性障害の改善につながる要因にもなったのだろうと思えます。

誰もが発症する精神疾患であるからこそ、色々なリカバリーストーリーを誰もが公に発信してもらうことで、悲観的な気持ちで苦しんで過ごしている当事者に少しでも回復への参考になったり、リカバリーという可能性につなげるには、自分の体験をピア(仲間)と客観的に検証する(べてる流当事者研究)ことが現状を変革してくれる実践だと思っています。

2019/5/4
 興味のあるイベントがあったので紹介します。
一つは、「べてるが高鍋にやってくる~レッツ!当事者研究~」が3月16日に開催されました。
 私にとっての「べてるの家」は、息子が精神疾患を罹患した時に知合いから北海道に当事者が積極的に自分達の生活をビデオに撮って作った「ベリーオーディナリー・ピープル」というタイトルのビデオを販売しているということを聞き、見ることで、当事者が積極的にチャレンジして生きているということを知り、悲観的な気持ちから希望につながる切っ掛けになり、今があると思えます。
 北海道の浦河町を拠点に精神障害者が運営する「べてるの家」の利用者が、精神疾患の特有な症状をドクターの研究対象ではなく、自分達で研究しようと「レッツ!当事者研究」というワークを作り出し積極的に実践しています。
 当事者研究とは、統合失調症の当事者の多くは症状に対して受け身であるだけではなく、すでに様々な自己対処を行っていると理解し、当事者研究ではそうした様々な「自分の助け方(自助)」に焦点を当てて、より良い自助ができるように、当事者が主体的に考え、実践していくことが核となっています。
 このように自分の苦労を自分で解明すると同時に仲間と一緒に徹底的に話合って考えることが、べてる方式と言われています。
 キャッチフレーズに「三度の飯よりミーティング」といわれるぐらい話合うことが回復には効果的であるということで、話合いが根付いているべてるの風土なのです。
 もう一つは、やっどみやざき主催の「宮崎県における強制不妊手術を考える集い」が3月14日に開催されました。
 旧優生保護法によって、宮崎県で283件の強制不妊手術を受けられた方がおられます。
 全国で、国に謝罪と補償を求める裁判も行われています。
 優生保護法に関して、1974年に脳性マヒの当事者会「青い芝の会」の横塚晃一氏が、「生産第一主義の社会においては生産力に乏しい障害者は社会の厄介者・あってはならない存在として扱われてきたのですが、この法律は文字どおり優性(生産力のある)は保護し劣性(生産力のない)なものは排除するということなのです。」ということを先駆的に発言し、後に各障害者団体から優生思想をもとに作られていることに異議を唱えられ1996年に優生思想に基ずく部分を削除して「母体保護法」に改正されました。

2019/4/3
 先日、「yah!doみやざき」の新しい社屋の事務所に行って、永山・山之内さんに久しぶりに会って、お互い忌憚のない会話をしてきました。

事務所に伺うといつも入れたてのコーヒーを出してもらえるので、カフェに行った気分になり好き勝手に意見交換できる場になっています。

お互い身体と精神の障害者に関する課題を抱えているので障害の種別は違いますが大局での障害者というとこでの理解促進などの活動を如何に構築していくか、一般市民にどのように理解され共有してもらうか、会うたびに話題にしているとこです。

また、彼ら身体に障害があっても精神障害者に対しての理解が深いことに感心させられます。

法人としての「yah!doみやざき」が全国ネット「DPI日本会議」に入っていることで、他の障害者の状況に対する報告などを見聞することで、精神障害者の地域における支援や地域移行の遅れなどを認識して働きかけをしてくれています。

彼らは、重度な障害があれ、地域での生活を押し進める根拠として、従来、援助者・支援者が全てを決めるというあり方が一般的でしたが、2006年に国連総会で採択された「障害者権利条約」の中に「私たちの事を私たち抜きで決めないで」という文言が謳われたことで、今まで以上に障害者自身が自分の意志を示すことが可能になり、人として当たり前という意識を持つことができ、今まで閉ざされていた生活から地域での生活に移行したり、人生を自分で選択してエンジョイすることが可能な社会に変化する過程であることを積極的に活動として生かしているとこにリスペクトしています。

精神障害者も彼らと共に「私たちの事を私たち抜きで決めないで」という意識を持って、社会の中で生活していくことが求められていると思っているとこです。

2019/3/6
 先日、久しぶりに支援者の池辺 宜子さんが運営している平和台の「ひむか村の宝箱」に行ってきました。

支援者でオーナーの池辺 宜子さんに会にいったら、丁度、知合いのアーティスト・玉田一陽さんもいたので、久しぶり二人に会って話すことができました。

ひむか村の宝箱が去年の12月1日にリニュアルオープンしたのですが、中々伺う機会がなく、やっと行くことができたので、新しい空間に身を置いてきました。

以前、天井は板でしたが、今回は白色に塗ってあったので、広く開放感を感じる空間になっていて、商品が並べてある販売空間とテーブルのあるカフェできる空間を仕切っているので、ごちゃごちゃした空間から目的に応じた空間に仕切られていたので新鮮さを感じることになりました。

リニュアルするのに、日南市のタギリホテルのカンマタカヤさんの仲間達タギリチームが協力して作っただけあって、新しいセンスを感じる空間に生まれ変わっていたし、その中にいる宜子さん自体が新しい雰囲気を醸し出しているのを感じてしまいました。

14年前のオープンから色々と関わってきた人間としては、リニュアルする以上、空間として新しいセンスを感じさせてくれることを望んでいたのですが、しっかり具現化されているのを感じることができたので写真を撮った次第です。

宜子さん曰く、これから「ひむか村の宝箱」の第2章が始まります、と言っているので、新しい試みに期待しながら宝箱から生まれるイノベーションを見続けたいと思っているとこです。

・「ひむか村の宝箱」には、オーガーニックやフェアトレードの商品や手作り商品&作品が展示されています。

・月1回「森のこども園」を開催されています。

2019/2/14
 先日、施設外活動でフローランテ宮崎に行ったらオーガニックフェスティバルを園内でやっていたので、それぞれの店をぶらぶらと拝見してきました。
知合いも店を出していたので覗いて近況など話したりしながら時を過ごしました。

 2000年頃にネットの世界に「陽転市場」という、手づくりの工芸品や特徴のある農産品を作っている方達を紹介及び販売するサイトを作って県外に発信していた時期があり、その時に紹介された早川農苑のHayakawa Yuriさんを知って有機農法の素晴らしさと同時に厳しさも知ることになりました。

 綾では、その時期周りの農家がみんな有機農法をやっていたわけではないので、害虫の問題などで苦情を言われることもあったし、手のかかる農法だったので苦労はつきものでしたが、いつも明るく農業体験や収穫祭などを実施されて野菜の新鮮さをアピールしたり、農業を誰でも体験して楽しさを感じてもらえる試みを積極的に実践れていたことが、今の早川農苑や綾の有機農法があるのだと思います。

 私も子供の問題があり、できるだけ土にふれることで癒されるとよいということで農業体験に参加したり、ページの更新のために写真撮ることも兼ねて随分と伺って、ゆりさんと会って有機農法に掛けるミッションを多くの人に知ってもらおうとページに反映させた記憶が甦ってきました。

 昨日、早川農苑のブースに伺いましたが、早川さんは来られていなかったので会えませんでしたが、あの頃からするとオーガニックの世界も人々から認知されてきたものだと思った次第です。

 また、知合いのGeoffrey Mark Paulことレイキマスターのジェフが「アイキスパイス」というスパイスの生産・販売の会社を起業して、今回出店していたので久しぶりに会って、活躍していることを目にしているよ、と話しかけた次第です。

 帰りに「やさしく学ぶ瞑想」という講座のチラシをもらい、現代はストレス社会なので心を癒す講座は求められているのではないか、と伝えました。

2019/1/16
 1月も半月が過ぎてしまいました。
 今年も、無病息災で過ごせたらと思っていますが、こればかりは自分の意志だけではどうにもならない面もあるので、なるようにしかならないし、何かが起きた時には、何とかなるさ(ノープロブレム)と思っています。

 生きていれば色々な問題や試練が日々あるわけで、それを悲観していても何も変わらないので、問題があって当たり前だし、順調だし、何とかなるさ、という気持ちで過ごしたいものです。

 以前、旅行好きの知り合いが、若い時に南米かアフリカを一人旅をしたときに、1日1便しか走っていない汽車に乗り遅れて悲観していたら、地元の人が、ノープロブレム、明日が来れば乗れるさ、と言ったことが印象に残った、と話してくれたことを今でも思い出します。

 現代人は、あまりにも時間に縛られた生活をしていることで、チョッとした失敗でも大げさに心の中に引きずってしまい、何とかなるさ、という心の余裕を失い、悲観的になってしまうのかもしれません。

 そのような心の在り方が、精神疾患の要因になる可能性大であり、年々増加の一途をたどる精神疾患者ですが、個人主義、成果主義、自己責任論、という時代の中で、自分で解決することを強いられることによって孤立してしまっている現状(孤立主義)では、より疾患者が増えるのは不可避なことだと考えられます。

 できることなら一人で考えることの限界を知り、引きずらないためにも、自分の弱さを話せる仲間に話して、問題を共有してもらうことで、気持ちが落ち着き、解決につながる道筋が見えてくることになると思います。

 個人主義、成果主義、自己責任論という既成の価値に囚われない、新たな多様な思考や関係性が求められていることを強く感じます。

2018/12/11
 先日、法人が運営している支援センターかふぇらての「学生との交流」のプログラムに宮崎県保健福祉専門学校作業療法学科2年生の学生5名の方が参加して、利用者の方と交流しました。

 担当の先生には、任意で参加する学生はいませんか、ということで依頼をしましたが、学生の意識の中での精神障害者に対するイメージや、職業的に整形外科などでの生活機能回復の援助としての職場が好まれていて、精神関係の職場は敬遠されるという現状を聞いていたので、参加者0人ということも考えましたが、5名の積極的な学生がいたことに感激して迎えました。

 精神疾患で入院した時に日中の支援として作業療法が院内でのプログラムとしてあり、入院経験者であれば必ず接する作業療法士なので、患者として色々と感じるとこもあり、患者サイドからの意見を話したり、学生からどのような援助を求めますか、といった質問があったり、お互いに有意義な時間を過ごすことになりました。

 学生から、患者さんに、あなたに援助してもらってよかった、と言ってもらえる作業療法士になりたいです、という意見が出たので、利用者から期待を込めてエールが送られていました。

 お互いの立場での意見交換は、一方的な援助ではなく最善の援助の在り方を一緒に考えて実践して行くことによって、より患者サイドに寄り添った援助が可能になり、精神医療の課題解決につながると思いました。

2018/11/25
 去年の11月に起きた交通事故から1年間、入院と通院しての治療とリハビリをやってきましたが、完全な回復は見込まれないということもあり、どこかで治療を中断するという決断をしなければならないということで主治医と相談して決めました。
 日常生活するうえでの平坦な道を歩くという行為には支障はないのですが、それ以外の面で微妙に支障があることも現実です。

 ただ思うのですが、最初の段階の救命救急での治療が最善だったことで最悪の状態を避けられたことには、感謝しているとこです。
 人生色々な出来事と遭遇するのも当然ですが、その時その時に適切な対応をしてもらうことが、その後の人生を大きく左右することになることを体験しました。

 2022年からの高校の保健体育の教科書に精神疾患の記述が40年ぶりに復活するという記事が記載されていたのを見て、やっと学校の教科書に記載され、全国の高校生に授業で教えられるという時代が来ることに感慨無量の気持ちを感じています。

 精神疾患は、思春期に発症する疾患であるということが統計的に実証されているのですが、中々そのことに対する国の対策が適切に反映されていなかったことで、思春期の子供を持つ親が予兆を見逃し重症化してから医療につながりることで、即入院という診断になり、精神疾患という病気に対して偏見が刷り込まれていることで親も子供も受け入れられない気持ちを持ってしまい、その後の親子の関係にも反映することになってしまいます。

 教科書に記載されることで、全国の思春期の高校生が精神疾患の予兆を知り、早期発見によって早期回復が可能であることや、障害があっても社会の中で活躍できるということを知れば、悲観的にならずに人生を歩んでいくことになり、精神疾患を特別でネガティブに捉えず、ただの病気として認識する機会になると思っています。

教科書の記事は、以下のページです。
https://www.asahi.com/articles/ASLBS4SF4LBSUTIL023.html…

公益財団法人日本学校保健会に精神疾患に関する記載が載ってます。
https://www.gakkohoken.jp/special/archives/219

2018/11/12
精神障害者に対する企業などのサービスの拡大が進んできました。
以前は、身体・知的障害者に対して配慮や割引きなどがあっても精神に対しては実施されていないことが多にしてありましたが、徐々に改善されてきました。
まだ、JRや高速道路などは、以前対象外です。

・ 国内線、精神障害割引導入へ 日航・全日空など10社、最大半額(東京新聞)
日本航空グループや全日本空輸など国内航空十社が、国内線で障害者割引の対象を精神障害者にも拡大することが二十五日、分かった。国土交通省によると、国内航空会社の精神障害者への割引導入は初めて。最大半額になる路線もあり、仕事や生活手段などとして利便性向上につながりそうだ。
日航本体と離島便を持つ地域会社を含むグループ計六社のほか、AIRDO(札幌市)、ソラシドエア(宮崎市)、スターフライヤーも導入する。いずれも精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人と、介護者一人を割引の対象とした。

・ 障害者対象に初の統一国家公務員試験が来年2月に実施される!(朝日新聞)
中央省庁が障害者雇用数を水増ししていた問題で、人事院は24日、障害者を対象とする国家公務員の統一選考試験を来年2月に初めて実施すると発表した。省庁全体で数百人規模の採用になると見込まれる。
政府は、問題の発覚を受けて再発防止や採用方針をまとめた基本方針を23日に決定。
2019年末までに計約4千人の障害者を採用する目標を掲げており、その一環で人事院が実施を決めた。

・ 障害者手帳、カード型も選択可能に 早ければ来年度にも!(朝日新聞)
福祉サービスの利用などに使う障害者手帳の「カード型」が、早ければ来年度から交付されるようになる。障害のある人たちから障害者手帳よりも丈夫で、持ち運びやすいコンパクトなものにしてほしいとの声が上がっていた。本人の希望で、手帳かカードのどちらかを選べるようになる。

2018/10/25
 先日、「精神障害者自立支援ネットワーク宮崎」にACT-KからPSWの専門職が独立して起業するということをシェアしましたが、このチャレンジにエールを送りたいと思っています。
 ACTの支援に関して、現在、色々と実施されている支援の中で当事者・家族に対する支援としては、最善を尽くした支援と思っています。
 医療・福祉の専門職がチームとしてアウトリーチという訪問型の地域支援を24時間・365日の支援として実施されていることは、いつ体調を崩すかわからない当事者からすると安心して生活できるということで、不安を解消してくれて安心を担保にした支援だと思えます。
 このような地域での支援に専門職として立ち会うことで、従来の院内及び地域での患者に対する支援での変化を実感できなかったことが、実感できるという体験を得ることで地域支援に対するモチベーションを高め、もっとステージの高い支援を目指すことになるのは必然と思えます。
 このように支援として充実しているACTの支援であれ、従事しているPSWとして、支援の可能性の限界を感じ、もっと充実した支援を描くことは不可避なことと思います。
 どのような体制、制度、組織であれ完全なものではないので、限界を感じることがあって当然で、より当事者・家族にマッチした支援を提供したいという意欲を持っていれば、専門職として不可避なことであり、真摯に支援に向き合えばなおさらイノベーションが必要と感じる姿勢は素晴らしいと思っています。
 精神障害当事者が地域生活で一番必要とする専門職は、PSWだと思うし、いつでもどこでも気軽に相談できることが可能な事業にするには、今の医療的な制度の中では限界があり、福祉的な制度の相談支援事業では、利用者数を増やさないと運営が成り立たないがゆえに業務に追われて質の高い支援は望めないという中で、どのように自分たちが目指す支援を、起業として立ち上げられるか、楽しみな試みだと思っています。
 今の時代、社会的課題を解決するために起業することが可能な社会でもあるし、「人」としてお互いが支えあうために次のステージを求めて突き進み、高めていくというミッションを掲げて実践することで、新たな事業が成り立つ時代でもあり、そのようなミッションが支持されるのは必然で、その支持によって事業として成り立つ可能性があると思えます。

金井氏(PSW)の起業に対するコンセプトは、
『いちソーシャルワーカーとして立ち、体現するチャレンジをしてみたい、そう思っての起業です。またこれは、なかなか困難と言われているソーシャルワーカーの「自立」へのチャレンジでもあると思っています。全ては自分を含めた、人の生活や人生や暮らしに対しての試みであり、実験であり…そんな思いを込めてライフラボと名付けました。』

高木氏(精神科医)の福祉職に対するコメントは、
「この国の障害者福祉を支え発展させることができるのは、彼ら福祉の人間が自分たちで考え、発見し、つくりだしていく思想と実践だけだ。」

二人(金井、高木氏)の記載文は、金井浩一氏の10月15日のタイムラインに掲載されています。
https://www.facebook.com/kouichi.kanai.94

2018/10/14
 去年の11月に交通事故にあい、もう1年になろうとしています。
 早いものだと思いながら、1年前を振り返ると体を動かすことのできない状態での救急病棟での天井ばかり見ての入院生活が懐かしく、自分を俯瞰してみたら笑える状態のような気がしたりしています。

 月日が過ぎると笑い話として話せることになるように、その厳しい状況を耐えるための知恵としていました。

 近頃、写真に対して覚醒してしまう原因を作ってくれた、樋口一美写真展が昨日で終了しました。

 久しぶりに自分の写真に対する考えを踏まえて、マクロとミクロの視点でドラスティックに彼の写真に向き合った結果の文章を書くことになり、自分にとって意義のある行為だったと思っています。

 あまりに客観的=論理的にものを見るようになると、感性=不可思議に蓋をしてしまうので写真が撮れなくなるのも現実ですが、宮崎の保守的写真状況に一石を投じるには、お互い共有できる志向性の方の写真を通じて言語で示していくしかないということもあり書いた次第です。

 宮崎特有の温暖な気候の風土が、穏やかな気持ちにさせることで無理に変革など求めず現状維持を支持するという保守的な志向の強いマジョリティの人々に、既成に囚われないことで与えられる楽しさを知ってもらうことで、現状の閉塞感から解放されることを実感として体験できるアートのミッションは大きいと思っています。

 このことは、写真に限らずアートや福祉及び社会全般に言えることだと思ってもいます。

樋口一美写真展の展評は、こちらです>>>>>写真展評

2018/9/20
 知り合いから写真展を開催するので、できれば写真展に関する文章を書いてもらえないか、と相談があり、どうしようか考えた末に書くことにしました。  
 2000年に、息子が精神疾患に罹患したことで、今までの生活スタイルを変えなければならない状況になり、2005年からは私自身写真の世界から福祉の世界に身を置くことになり、今までやってきた自己表現としての写真の世界からは距離を置くことになりました。

写真展も定期的に開催してきましたが、1999年の「Bench」という写真展を最後に18年間開催していない現状です。

完全に写真から身を引いたわけではなく、自己表現としての写真制作に関して、時間的な余裕と発想力を集中できる環境ではないと言うことで、休止している状況で、精神障がい者への日中支援として写真を活用した支援活動は実施しているとこです。

そのような状況の中での、依頼だったので、今は福祉に関してや法人の活動などの報告や紹介や企画書などの資料を制作したりしているので、身近なこととして語ったり、書いたりできますが、写真に関しては、日々の生活の中で距離を置いているのでラジカルに書けるかが問われるのですが、ただ、30年ほど写真の自己表現を追求してきた者として、現代アートや写真の現状を客観的に見る目を持っていれば書けるのではないかと楽観的に引き受けたとこです。

それとアートも福祉も「今」を如何に捉えてイノベーションを起こすか、どちらの世界も保守的な世界であるのは同じで、すべては前例や既成といったものを規範として価値判断していくのが主流派といった人たちの評価なので、新しい試みに対して否定的であるのも主流派=守旧派の本質だと思えます。

アートにも福祉にも新しい試みが実践されることによって、イノベーションを起こし、今の現状から飛躍することによって新たな世界を体感させることを目指すのが、アーティスト及び支援者だと思っているとこです。

樋口 一美写真展「はぐれ雲」
日時:9月25日~10月7日 10時~18時
会場:ArtSpace色空 (宮崎市広島1丁目6-11-1)

2018/8/23
 9月から地域活動支援センターかふぇらてのプログラムに法律に関する講座を企画しました。
講師に金丸祥子弁護士(このはな法律事務所)を迎えて、地域生活でのトラブルに関して、法律上のアドバイスやハウツーとしての講座を実施します。

 また、NPO法人宮崎もやいの会の顧問弁護士として法人での法律的な問題に対して対応してもらうことになりました。

 まずは、人が生きていくうえでの初歩的な法律上の権利などを大枠な視点から講座で話してもらいます。

 講座としては、一方的に聞くというスタイルの座学ではなく、当事者から日常生活での問題を出してもらって、法律的に考えたらどうなるのかを話し合ってもらい、具体的に知っておくことが社会生活でのトラブルに巻き込まれなくて済む方法なので、今回、支援センターかふぇらてとしても当事者が社会生活するうえで必要な講座として位置付けて、金丸弁護士に是非講座の講師を引き受けてもらうよう依頼した次第です。

 法律的に見たらどうなのか、という視点は、精神疾患を知らないが故に発症に気付かず重症化して気付くということを避けるための予防として疾患の理解を優先するわけですけど、社会生活での色々な問題も同じく法律を知らないことで泣き寝入りすることになったり、被害者なのに加害者的な立場になったりということを避けるためにも法律をしっかり理解することが自分の権利を守ることにつながるし、トラブルに巻き込まれないための最大の予防的な効果があると思います。

地域活動支援センターかふぇらてのブログは以下です。
http://blog.canpan.info/nangoku/

2018/8/16
 またまた、やまゆり園での事件に関して、NHKのEテレで「障害者殺傷事件から考える 福祉現場で働く人たちの“本音”」という番組が放送されました。

 テーマは、相模原市の障害者施設で、19人の命が奪われた事件から2年。犯行に及んだのは、かつてこの施設で働いていた「元職員」でした。障害のある人と接してきた職員が起こした事件に対して、全国の福祉現場で働く人たちから複雑な声が寄せられています。今回は施設で働く人たちが集まり、それぞれの本音を語りあいました。
というコンセプトで番組を制作したということです。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/85/

 職員にも感情があり、感情を押し殺した仕事に限界が生まれるのは当然で、如何に選んだ職業を楽しく継続していけるか、福祉関係者の課題です。

 福祉現場で働く職員が、障害者と向き合い疲弊せず支援をしていくには、何が必要なのか語り合っています。

 以前、私が事務局長をしていた家族会で、「ケアする人のケア」というタイトルで、講師に播磨靖夫氏(たんぽぽの家理事長)に来訪していただき講演会を催しました。

 ケアする人は、ケアを必要としている人に、何かをしてあげたいという、一方的な思い込みがすごくあるんです。ほっとけなくなるんです。何かしようと体が反応するんですね。熱心な人ほど、その思いにとらわれて、ケアから自由になれない。

  しかし、ケアというのは、癒す者が癒され、癒される者が癒すという存在の相互性。わかり やすく言えば「反転」があるということ。強い者が助けてあげるだけがケアではない。相手からも何かをいただけることもある。こういう循環が、「ケア」の本質なんです。

援助する者が援助され、援助される人が援助する。これがケアなんですね。
 ケアに熱心な人ほど、ケアから自由になれないと言いましたけれども、ケアをやっていると、 いろんな思いが湧いてくる。
 例えば自分の存在が、他人の中でポジティブな意味、つまり、 役に立ってないと気づくことほど辛いものはないんです。
 自分は、いてもいなくてもどっちでもいい存在だと、思い知らされることほど辛いものはないんです。
 ですから、「ケア」というのは、自分の存在を理解してくれる存在がお互いに必要なんです。 そこから一緒に生きよう、生きたいという能動的な思いが湧いてくるのです。

播磨氏の講演会の内容を記載した講演集は以下のページです。
http://www1.bbiq.jp/m-moyai/siryo.html

2018/8/3
 先日、NHKスペシャルで「津久井やまゆり園事件 2年の記録」が放送されたので見ました。
 
 宮崎でも事件発生年の9月に弁護士を講師に研修会を行い、この事件が投げかけた問題をみんなで考える機会を作った次第です。

 戦後最悪の大量殺傷事件”の教訓をどう受け止め、未来につないでいけばよいのか。
 きれい事ではない本当の意味での共生とは何か、考えていきたい、というコンセプトで番組を制作したということです。

 今回のNHKの番組では、やまゆり園にいた入所者のその後を取材して、容疑者が重度の障害者は意志を示すことがない心失者として決めつけていることをテーマに、大施設の特徴である管理する支援ではなく、意志を聞き取ることを積極的に実践している施設での生活に密着して、その人の意志が現れて来るのを気長に支援することによって表すことができる、という丹念な取材をしていました。

 また、容疑者と面会した方々の意見を聞いて、障害者とふれあったことのない人達には、容疑者の意見が一見正論を言っているように聞こえるとこに、生産性や成果・効率主義から脱落した人間は無用な存在と決めつける優生思想が人間の心の奥底に存在しているのかもしれないことを伝えていました。

 この優生思想が作り出す世界は、ヒットラーの独裁政治であって、ユダヤ人や障害者の虐殺につながる思想であったことを歴史が証明しているのですが、そのような考えを持った方がいるのも現実で、その考えをどのように乗り越えられるのか、今回の取材の中で、若い方が自問自答することによって、新たな人生を障害者支援の世界に求めている方を取材しているとこに、共生の可能性を感じた次第です。

 特定の人を排除するために優生思想を持ち出すこと自体、時代錯誤と言いたいとこですが、どこかにそれを受け入れる社会として変化してきているのかもしれません


2018/7/26
 精神疾患を患ってしまうと周りからダメという否定の言葉などを浴びせられる生活を強いられることで、当然、持ち合わせている関係性を失い、社会において他者と関わる時に良好な関係が築けず消極的になってしまい、ひきこもり状態で生活するか、攻撃的になって他者とトラブルを起こして過ごすか、という極端な生き方が身に付いてしまっている状態で支援施設に行ってもトラブルを繰り返してしまい行かなくなるという現状です。

 消極的であるが故に嫌なことや不愉快なことがあっても相手に伝えることができず我慢して過ごすことが、如何にストレスになるかということを知っているにも関わらず、一歩踏み出して相手に伝えることができないという現実を聞いたりして、如何に伝えることができる自己を取り戻すか、自己を変えることを日々の支援センターでの利用の中で実践していくことを促していくか、課題だと思っているとこです。


  先日、新幹線内での殺傷事件に関して、容疑者が精神科病院の入院歴があるとか、発達障害や自閉症などと報道されることで、全うに社会生活している精神疾患者に対して差別や偏見を助長する報道であるということを抗議した団体がありました。

 事件があるたびに精神疾患者だけがそのように記載されるのか、それだけ偏見(怖い・危険・何をするかわからない)が刷り込まれていて、蔓延しているということではないでしょうか。
 
 他の4大疾病「ガン」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」などを持った方が事件を起こしたとしても、その病名を記載されることはないのに精神疾患に関しては記載される現状です。

 どのようにして、この根深い偏見を解消することができるのか、関係者にとって永遠のテーマです


2018/7/20
 近頃、精神疾患・障がい者に関した報道を目にすることが多くなりました。
時にはチョッと信じられないような記事が毎日新聞・朝日新聞に載っていました。

 先日、全国精神科病院協会会長が機関誌(5月号)に「精神科医にも拳銃を持たせて」というタイトルの文章の掲載に関する記事が掲載されました。

 朝日新聞の記事から、『全国の精神科病院でつくる「日本精神科病院協会」の山崎学会長が、協会の機関誌に寄せた文章で「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という部下の医師の意見を引用していたことが分かった。意見は医療現場での患者の暴力について言及したもので、患者や支援者からは「患者を危険な存在と決めつけている」などと批判の声が上がっている』

 精神科病院の患者に対する偏った認識がそのような言葉を書かせるのでしょうが、日本という国の中で犯罪者でもない患者を拳銃でもって押さえつけるという考え自体が時代錯誤であり、病院内で拘束したり抑圧したり厳しく管理されたりすることで、逆に患者が反抗的になる、というのは自然な反応だと思えます。

 イタリアでの精神病院廃絶運動のフランコ・バザーリオが言うように「鉄格子や鉄の扉の奥に押し込めることを正当化するような精神状態など、本来ないのだ。精神病者の、ときおりの暴力は、結果である。施設の中での抑圧で引き起こされた人間としての反応である。つまり、それは精神病院が引き起こす病気。精神病院などやめて人間的存在たりうる温かい状況に置くことができれば、精神病者の暴力などなくなるのだ」という言葉が真実だと思います。

 拳銃云々という文章が公然と掲載されるということは、社会が右傾化しているからであり、働かざるもの人に非ずという価値観が蔓延して、何も生み出さないと思われている障害者など弱者の人達が排除されることになり、精神病院という治療施設が収容上になり、拳銃を持った監視役がいる時代が来ないとも知れないということかもしれません。

2018/7/12
 随分と宮崎もやいの会のHPを更新しない日々が続きましたが、地域活動支援センターⅢ型「かふぇらて」を開設してからそちらの業務に専念していたら1年が過ぎました。

近頃、気になるニュースを取り上がました。
先日、親が精神疾患者の娘や息子を監禁して衰弱死や失明させるという事件があり、NHKのEテレ「バリバラ」で「相次ぐ障害者監禁事件を考える」というテーマで放映されたのを見て、以前、「母よ!殺すな」(著者:横塚晃一、生活書院から再販)という書籍の中で、母親が脳性マヒ児の我が子を絞殺した事件を思い出しました。

 親が我が子を殺したり監禁したりすることが許されることでないのは当然ですが、切羽詰まってそのような行為に至ったのでしょうが、そのような行為に至る原因を解明しなければ同じことが繰り返されることになります。

 身体や知的の障害者に関しては、現在、公に認められてきて地域生活でのサービスも充実してきている現状ですが、精神障害者に関しては、社会の偏見によって公にすること自体避ける傾向が強く、家族が孤立化しているのが現状です。

 このような現状の中、家族に対して適切な支援がなされていないことで、家族がどこにも相談できず抱え込むことによって、監禁という最悪な手段によって同居するという結果を招いているのが現状です。

 そのような現状を憂いている医療者がいて、電話相談と訪問診療を実施することによって、家族の間に第三者が入ることでギスギスした親子関係にゆとりが生まれることで良好な関係を築くことが証明されているのですが、医療者が訪問するということに対して消極的な姿勢であるのも現実です。

 あくまでも病院に来て下さい、という旧来の医療の姿勢に固守することでよいのか、と疑問を投げかける真摯な医療者が独自の支援として、ACT(包括的地域生活支援)という、チームでの支援(医者・看護師・PSW・OTなど)を推進して、患者に取って地域で一番必要な支援をチームとして推進していき、地域生活する上で最善の支援を提供することが、家族に取って悲劇を生まない支援と思っています。

2017/5/2
 念願の街中の居場所としての地域活動支援センターⅢ型「かふぇらて」を4月20日に開設することができました。

 ここに行き着くには、色々な方々にご協力していただいたお陰であると感謝しているとこです。

 大げさな開設式典もなく静かに開設しましたが、早速、新規の若い方が訪ねて来てくれたり、旧知の当事者が訪ねて来たりして、わいわい話していたら、それぞれの好みの音楽の話になり話が盛り上がっていました。

 気軽に出入りできる場所があって、知り合った仲間と話すことができる場所を以前から求めていました、という話を聞いて、街中での支援センター「かふぇらて」の存在意義があったと思った次第です。

 夜のプログラムは、夕方の食事を自分たちで買い出しに行き、調理して、皆で食べて、食後和気あいあいと話合うというスケジュールで進むことになっているのですが、今日は皆で料理を持ち寄ってお祝いしましょうという声があったので食事会をしました。

 それぞれ自慢の料理を作って持って来たのを見て、作り方や味の決め手などをお互いシェアしているのを聞きながら、これもひとつのピア活動としての支え合いだよな~と思った次第です。

 支援センター「かふぇらて」の色々な活動を通じてお互いが支え合う関係を作りながら地域にも広がって行くとよいと妄想した一日でした。

 やっと、地域活動支援センター「かふぇらて」が始動することができましたが、あくまでもソフトウエアのオープンソースと同じで、誰もが関われて地域での最善の支援システムを作り上げていってもらうことを願っていますので、気軽に関わってもらうことも願っています。


日々の支援センター「かふぇらて」での活動は、ブログで発信しますので、以下のページで見て下さい。

「南国の陽気な風:支援センターかふぇらて」


2017/3/12
 214日から19日まで急性肺炎ということで30年振りぐらいに入院しました。
 
 坂東玉三郎さんが、肺炎予防のテレビCMに出て「65歳過ぎたら、あなたも私も肺炎予防」というセリフを言っていて、日本人の死因の3位だそうです。 

 そのような経験をして、何とか、活動をセーブしながらいつもの日常生活を送っているとこです。
 

 本来なら今日は、精神障害者自立支援ネットワーク宮﨑の定例会の日で、1月の定例会では、障害者差別解消法を事例を通して学ぶといったことで、講師依頼や配布資料の準備や会場の準備など色々と事務局としてやらなければ成らないことがあるのですが、今回は、入院したりインフルエンザの流行などで中止になったことで、無理な活動をしないで、自己セーブしながら生活することで体調に異変もなく過ごせているのかもしれないと思っているとこです。

 1月の定例会での参加者の方に感想レポートを依頼したら13名の方が寄せて下さいましたので、宮﨑もやいの会のHPに随時掲載しています。

 昨日は、若草病院デイケアで、清武の安井息軒旧宅と歴史館に伺って写真WSを実施してきました。

 天気も快晴で安井息軒旧宅の庭には、梅の花が咲いて苔の上に散っていたり、裏には竹林があったり、椿が咲いていて散っていたり、石垣に苔や蔦が固着していたりして、とても素敵な被写体が満載の安井息軒旧宅でした。

 歴史館の方にも茶室みたいな建物があり風流な庭づくりの中につくばいがあって水滴が時々落ちて波紋をつくるところなどを狙って撮ってきました。

 また、歴史館は高台にあるので遠くは高層リゾートホテルと一ツ葉の海が見えるぐらい見晴らしのよい場所でした。

 行ったとこで会った人に、体調は大丈夫ですか、と声をかけていただく度に、いつどのような病気にかかるかわかりませんので、チョッとした体調の異変に適切に病院に行って診てもらうことが大事ですし、30年振りに入院といういい経験をさせてもらったことを話したりしている、今日この頃です。


2017/2/22
 先日、江南よしみ支援センターの写真WSで、青島神社に行って来ました。

 青空の快晴ではあったのですが、強風が吹いて寒いなか参道を歩いて海岸に出たら海水浴場の方から強風が砂を巻き上げて吹いてくるので口など明けていると砂が入ってくる状況でした。

 急ぎ足で神社の境内に行き手を浄めて本殿で手を合わせてから、本殿やヤシが繁茂した先にある本宮など神社や風景などを好みのフレームに切取って撮ってきました。

 メンバーも神社の境内や通り道での海と青空と洗濯岩などを一緒にフレームに入った風景を強風に煽られながら撮っていました。

 正月に来た時は、穏やかな天気でしたが、参拝客が多くて長蛇の列だったので参拝を諦めて灯台のあるとこまで散策して引き帰したので、今日はしっかり手を合わせて来ました。

 昨日、写真教室の作品展も終わったのですが、参加者の方から写真の面白さがわかってきたので、できれば継続して写真WSをやっていただけないでしょうか、ということで定期的に実施することを計画中です。

 私自身、写真教室で出会った方々が写真の面白さを知る切っ掛けになり、より写真の可能性を実践していくことをサポートすることを考えていなかったのも事実で、参加者とはそれっきりという関係で毎年のスケジュールとしてやってきていたことを気づかされたというとこです。

 そのような内省を含んで、継続していくことを考える時機であることを参加者の声が後押ししてくれたことに感謝しているとこです。
 一過性でない、継続した写真活動が面白さや可能性のうねりを作り出すと思うので、そのためには常に新鮮な風が吹き込んでくる写真活動であるとよいと思っています。

2017/2/10
 精神障害者自立支援ネットワーク宮﨑の定例会での意見や感想を参加者の方に送っていただいているのを、HPに掲載して発信しているとこです。

 精神障害者の一般就労や社会参加が増えてくることで、差別事例も増えてくることが必然なので、それに対して障害者差別解消法の合理的配慮の事例をしっかり学習することで適切な対応をすることになり、お互い良好な関係を作ることで問題があっても解決がスムーズに図られることが見える化できたことはよい研修でした。

 研修会に講師として、県の担当者に出席してもらって精神の個別性を認識してもらい、身体や知的障害は、見える障害ですが、精神障害は、見えない障害であることで、配慮が他の障害者とは違うことを感じてもらうことが出来たこともよい機会だったと思っています。

 また、岩切達哉県議・嶋田喜代子市議にも出席していただき精神障がい者の現状を直接グループでの当事者との意見交換で声を聞いていただき感じていただいたことは、有意義なグループワークだったと思っています。

 先日、「NPO法人宮崎こころリンク」を広報誌「すてっぷ」で紹介するので、取材担当のピアサポーターの兒玉さんと集まりの場所である市民プラザ4階の小会議室に伺って、代表の日高信明さんや参加メンバーに取材させてもらいました。

 また、高鍋で居住支援をしている「アーバンエチュード」の運営者の中武功見さんと利用者さんを取材した時の原稿が兒玉さんから送られてきたのを中武さんに確認してもらったら、「さすがですね!」という納得のいく返事をもらい、掲載OKをもらったとこでした。

 兒玉さんには、当事者目線から取材してもらうことをお願いしていますが、書かれた文章を拝読すると兒玉さんのパーソナルな思いや視点をもとに書かれているので、読み手として非常に事業所や施設の雰囲気が伝わるし、行ってみたい気持ちにさせる文章になっているとこに感心しています。

 写真も文章も撮影者及び取材者の持っているパーソナルな思いや視点が発揮されることで、人にアクションを促すことになることが大事と思っているとこです。


2017/2/06
 先日の障害者差別解消法を理解するための定例会を実施したので、参加者の方に感想といいますか、その場のこととして流していくより、気づきや学びを振り返ることで改めて自分自身に投げかけることで、社会に具体的な働きかけを起こす動機になればと思い振り返りをお願いしているとこです。

資料の収集に尽力していただいた理事の瀬戸口氏がブログに横浜市の「障害者差別に関する事例の募集」の実施結果の追加分の項目を掲載されました。
 追加として、「福祉サービス」「病院等」「役所」「公共施設」「その他」です。https://www.facebook.com/yasunari.setoguchi.7?fref=ts

 その追加項目を掲載した時に、思った憤りを書かれていたので再録します。

『残念なことに、「病院等」で、精神の事例が最も多いのです。
「福祉サービス」や「役所」でも多く、哀しくなりました。
障害者差別が少ないと思われる場所で、精神への差別が多い。
ケネディ大使は「さよなら」を言わなかったけど、
日本社会は、ライシャワー事件(1964年)に「さよなら」していないのだと思いました。』

 このような現実は、横浜に限らず宮崎でもあることなので、しっかり受け止めて関係者の意識改革を進めていくことも求められている現状です。

 また、今回のグループワークで、一人の人間としての障害者に対する配慮が地域生活において、あまりにもなさ過ぎるという意見も多く出ましたが、それは障がいの特性を知らないことで起きているということでもあり、まずは、知ってもらうために障がい特性を伝えることで、配慮を考えてもらう働きかけをすることが大事であり、具体的に改善したり解消することにつながるので、勇気を持って伝えることが大事ですが、勇気を持って伝えることに対して、諦めや我慢するという消極的な生活を強いられていたことでもあり、伝えるツールが必要かもしれません。

 いずれは、障害者に対する配慮が行き届くような社会を目指して、私達の地域を障害が有る無しに関係なく誰もが安心して住みやすい地域にすることを、誰に委ねることなく私達自身の思いを強く打ち出して、全ての住民のコンセンサスとして地域社会を作り上げていくことを地道に働きかけていくしかないと思っているとこです。

2017/2/03
 昨日、市に申請していた、支援センターⅢ型の開設が決まりましたと担当者から電話で知らせがあり、法人の念願だった街中に居場所を確保できることになりました。
 関係者、皆さん喜んでいるとこです。
 その件で以前、協力をお願いするために会った時のFBの再録です。 

 今日の午前中、ひむか村の宝箱で池辺さんの紹介していただいた方に会って、来年度から実施するプログラムの支援に関して協力をしていただけないか話をさせてもらいました。

 宮﨑もやいの会がどのような法人か、どのような活動をしてきたか、どのような方を支援しているのか、など話して来年度の支援プログラムに関した内容を説明して、支援者としてどのような役割を担ってもらうか理解していただきました。

 プログラムの説明の中で、支援の在り方に関した話しになり、以前、社会的課題をビジネスとして解決する社会起業家の事例を特集した書籍などを読んだ時にリアルに感じる言葉として「魚を与えることではなく、魚の釣り方を教えることが重要だ」という言葉に突き動かされたことが、今の支援につながっていると思っています。

 援助する者は、目先の今日を生き長らえさせる手段としての援助に囚われているし、援助される者も今日を生き長らえればよいという依存的な生活に満足するという希望のない刹那的な生き方になっているとこを改革するには根本的な意識改革を実行することが求められている現状だと思ています。

 精神障がい者を支援している立場として、与える支援では当事者は依存的になって自分の持っている力を発揮しない生活に満足してしまうので、如何に力を発揮するプログラム内容にするか、自活のための支援として位置づけて実行するか、「魚を与える支援ではなく、魚の釣り方を教える支援」が最終的には生きるための必要な支援だし、社会で活躍できる支援につながっていると思っています。

 今日の出会いの中で、以上のような支援の核心をふりかえる時間を平和台の秋晴れの中で過ごさせてもらったことに感謝する次第です。


2017/1/26
 実は、去年の年末に電話で2017年に宮崎もやいの会と共催で相模原事件に関するフォーラムを開催したいと思っているので、正月明けにでも事務所に寄って下さいという連絡があったので、今日伺った次第です。

 山之内さんは、仕事で延岡に行っていたので会えませんでしたが、永山さんと今回のフォーラムの開催に関して忌憚のない意見交換をして、実現に向けて動いて行くことを決めました。

 模原事件が投げかけた課題を、措置入院の問題としてだけではなく、誰もが潜在的に持っている優生思想を如何に問うていくか、そのためには、どのような活動を実施すべきか、という視点で考えることが、宮崎という無風地帯で保守的な地域でやるべき課題ではないかということを共有した次第です。

 フォーラムの講師に、相模原事件に関して真摯に所見をメディアから発信している当事者の東京大学先端技術研究センター准教授の熊谷晋一郎氏や、新聞記者でしっかり覚醒した視点から記事を書いている記者を招いて実施したらよいのではないかという話になりました。

 また、あらゆる障害者を巻き込む活動、働くことを最上の価値とする考えでよいのか、人間の価値をどのように位置づけるか、これからの社会の在り方、障害者が成熟した社会への提言者である、障害者が社会を変える先駆者である、といったことを話した結果、課題が多いことをお互い自覚して、身体が持ちますかね、と話して、バトンを引き継いでくれる若手の人材育成も課題であることを共有した次第です。

 正月早々に2017年度のやるべき抱負を話すことができて、テンションを高めてヤッドみやざきの事務所を後にした次第です。

 
 障害者に限らず「働かざるもの人に非ず」という既成の価値観から如何に解放されるか!


2017/1/1

明けましておめでとうございます。
旧年中は、法人に対して色々とご支援、ご協力をいただき有難うございました。

今年は、より一層の飛躍の年にしたいという思いを持って活動に取り組んでいくことを、関係者一同、新年早々の願いと思っているとこです。

皆様のより一層のご支援・ご協力をお願いをする次第です。



今までの日々是出会は、以下に保存しています。

・日々是出会:2016年

・日々是出会:2015年
日々是出会:2008~09年
・日々是出会:2007年


   
 
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